登場人物
程心 (チェン・シン)
艾AA (アイ・エイエイ)
羅輯 (ルオ・ジー)
雲天明 (ユン・ティエンミン)
トマス・ウェイド
曹彬 (ツァオ・ビン)
アレクセイ・ワシレンコ
白ice (バイ・アイス)
高Way (ガオ・ウェイ)
関一帆 (グァン・イーファン)
智子 (ヂーヅー/ともこ))
ETO:地球三体協会(Earth Trisolaris Organization)
PDC:国連惑星防衛理事会(Planetary Defense Council)
PIA:PDC戦略情報局(Planetary Intelligence Agency)
IDC:情報解読委員会(Intelligence Decipherment Committee)
感想
三体、三体Ⅱ(上・下)、三体Ⅲ(上)まで読み進んでの最終巻。
注)ザックリとした全体の流れは以下の「超々あらすじ」参照
雲天心のメッセージで光速航行のヒントをつかむも、謎の文明の二次元攻撃で太陽系は滅びる。オイオイ滅びるのかよ、とびっくりしたが、まあこういったバッドエンドも嫌いではない。
そんな中で僅かな者が脱出を果たす。エンディング近くの「小宇宙」については、太陽系崩壊の話をしている時に1キロ立方の世界かよ、と少し気分が落ちた。
これを千個並べたって百キロ四方。宇宙というより「箱庭」
そんなものの質量を大宇宙が「返せ」とはずいぶん度量が小さいナ。
ざっくりとした読後感を言えば、まあエンタメ小説としては成功した部類
だろう。
ストーリーの基本に流れているのは「おっかない宇宙」
中国の軍部が、他国に張り合って地球外生命に対しメッセージを出すが、たまたま系外に届いてしまったため三体文明を呼び込んでしまう。敵を抑止するためにやったことで、もっとヤバいものを呼び込んだ・・
「歌い手」が下した行動で二次元化する太陽系。
ただそうした話と、新宇宙に移行していく話との食い付きが良くない。
人間ドラマとしては興味深い。最初に宇宙へ発信した葉文潔。
文化大革命で命を落とした彼女の父は物理学を封じられた。
宇宙へ通信が届いた事を知った時に、他文明に委ねてでもこの地球を変えなくてはならないと決めた文潔の思いは、いかばかりか。
それに対する程心。三体文明に人を送り込むミッションのアイデアが、図らずも同級生を脳だけにして送り込む事につながる。
執剣者になったものの、決断出来ずに抑止失敗。
その後光速船技術の進展も自ら遅らせてしまう。
ヒューマンな心が人類を滅ぼす結果を招いた。
この辺りの辛い役回りを全て程心に負わせてしまった潔さ。
これはこれで嫌いではない。
が・・・やっぱその先の小宇宙からがちょっとザンネンなんだよな。
二次元の紙きれを送り込んだ「歌い手」と宇宙は深い繋がりがある筈。星の粛清に関わっているんだもの。無視したらいかんだろう。
ただ、小宇宙に留まれば一生穏やかに暮らせると言う智子に、それを続ければ大宇宙が死んでしまう、とそこを立ち去る程心。
それが彼女の弱さでもあるが、ブレのない生き方に惹かれる。
これが作者の最終メッセージか。
その辺も含めて次の機会に総括したい。
以下のあらすじは三段構えとしている。
超々あらすじ・・・シリーズ最初から(極めてザックリ)
超あらすじ・・・この巻の概要
あらすじ・・・自分の覚え(かなりしつこい)
超々あらすじ(最初から)
三体(一作目)
地球(中国軍)から宇宙に向けて友好のための電波が発信されたが、それを受けた三体文明が宇宙艦隊を繰り出して侵攻に向かった。
それに先駆け「智子」という攪乱分子が地球を混乱させる。
艦隊が到着するのは四百五十年後(今は危機紀元元年)
三体Ⅱ黒暗森林(上巻・下巻)
三体文明迎撃のための「面壁計画」に巻き込まれた羅輯は、それを悪用して安穏な生活に浸った。だがそんな彼から去る妻子。
行動を始めた羅輯はある恒星の位置情報を太陽の増幅作用で発信。
危機回避のため人工冬眠に入る羅輯。
危機紀元205年。冬眠から醒めた羅輯。危機は去ったと油断した人類だがその宇宙艦隊を殲滅させた、三体文明の探査機「水滴」
最後の面壁者として復権した羅輯は、呪文をかけた恒星が破壊された事で宇宙の暗黒を知る(宇宙では問答無用で文明が粛清される)
太陽による増幅に頼らない信号発信の方法で、三体文明との交渉に勝ち、人類を救った羅輯。
三体Ⅲ死神永生(上巻)
コンスタンティノープル陥落にまつわる高次元のかけら問題。
「面壁計画」に並行して立てられた「階梯計画」 人の脳だけを三体世界に送る。発案者は女性科学者の程心。
だが計画は失敗し、行く末を見届けるため程心は人工冬眠へ。
抑止紀元61年に目覚めた程心。
三体文明からの攻撃を抑止する執剣者となる程心だが、羅輯からの引き継ぎに失敗し、世界は三体に支配される。
宇宙を航行していた戦艦<万有引力>の重力波により抑止信号が発信され、その結果三体文明は潰滅した。
三体の端末である「智子」の手引きにより、「階梯計画」で打ち出された雲天明と再会する程心。そこで「三つのおとぎ話」を聞かされる。
超あらすじ
第三部(承前)
雲天明が話した「おとぎ話」の解析が行われた。
その一方太陽攻撃の回避策である、木星の陰に隠れる「掩体計画」の検討が進められる。おとぎ話の解明により、光速航行のための空間曲率ドライブの可能性が示唆された(三体文明が実用化)
その結果三つの計画が本格推進される。
1.掩体計画、2.暗黒領域計画、3.光速宇宙船プロジェクト
だが空間曲率ドライブが顕著な航跡を残す事が判明し、光速宇宙船計画が頓挫。
トマス・ウェイドが出所し、光速船開発のため星環グループを譲れと程心に迫る。それを叶えてやった程心は、艾AAと共に冬眠に入った。
第四部
抑止紀元61年に蘇生させられた程心。連邦政府は「掩体計画」の完成形に向けて整備を進めていた。起こされた理由はウェイドの阻止。
「星環シティ」が連邦と決裂して膠着状態。光速船建造を訴えるウェイドに武装解除を命じた程心。処刑されたウェイド。
艾AAを起こし、暗黒森林攻撃後の世界に向けて再び冬眠する程心。
第五部
各恒星系に粛清を加える存在「歌い手」の独白。
三恒星世界と違う方法で「太陽弾き」を清める・・・
程心が目覚めたのは56年後の宇宙船<星環>の中。
太陽系が二次元崩潰の攻撃を受けつつあることを知る。
三体星系への攻撃とは全く違い「掩体計画」は全く役に立たなかった。
博物館収蔵品救済のため冥王星に向かう程心とAA。
そこにいたのは羅輯。
収蔵品を積み<星環>で送り出された程心とAA。二次元化を覚悟した二人だが、その艇が空間曲率ドライブ搭載機で、ここから脱出出来ると明かす羅輯。収蔵品救済は口実。
そして二人は雲天明からプレゼントされた恒星DX3906に向かった。
第六部
恒星DX3906の惑星プラネット・ブルーに着陸し、<万有引力>の研究者だった関一帆に出会う程心とAA。彼らはこの宙域に四つの世界を作っていた。彼らの世界に行く前、もう一つの惑星プラネット・グレイに何者かが立ち寄ったという情報を受けて向かった関一帆と程心。
その者は曲率推進の航跡を残していた。プラネット・ブルーに戻る時、AAとの交信で、そこに雲天明が来ていると知る。
シャトルでそこに向かうが、途中で「時間真空」に巻き込まれる二人。
二人が再びプラネット・ブルーに降りた時には1890万年が過ぎていた。
そこで雲天明からのプレゼント「小宇宙#647」を受け取る二人。
管理者の智子。
穏やかな一年を過ごした頃、大宇宙から小宇宙の質量を返還する要求を受け取る。
その運命を受け入れ、大宇宙に乗り出す程心と関一帆。
あらすじ (自分の覚え用。オススメしません)
第三部(承前)
送信紀元7年 雲天明のおとぎ話
情報解読委員会(IDC)の第一回会議が智子遮蔽室で行われた。
雲天明から程心が聞いた「三つのお伽話」の分析が目的。
程心ほか執剣者候補だった畢雲峰、曹彬も同席。P14
雲天明の第一の物語 王宮の新しい絵師
昔「物語のない王国」があった。王と妃には深水王子、氷砂王子、そして露姫がいた。深水王子は幼い頃海に行って戻って来なかった。
氷砂王子は粗暴で、王は露姫を王女として継がせる事にした。
王は60歳になった日、露姫への王位継承を発表。その祝賀会で氷砂王子は祝宴を絵に残したいと、針孔(はりあな)という絵師を紹介した。
氷砂王子は針孔に皆の顔を覚えさせた。彼に絵を描かれた人間はその絵に取り込まれる。師匠である空霊大絵師の絵もあった。
まず王の姿が見えなくなった。そして妃、大臣たちも肖像画になった。
夜中、近衛隊長に起こされた露姫と乳母の寛おばさん。
面会を求めた老人は王、妃や家臣たちの行方不明を知っていた。
老人は空霊絵師といい、あの針孔は弟子だったと話す。悪魔の画法を習得し、彼に描かれたら絵に吸い込まれてしまう。
空霊が、差した傘を回しているのはその霊力を防ぐため。
針孔の絵を描き逆襲しろと寛おばさんが言うが、平らな雪浪紙が必要。丸まった紙を延ばすのに黒曜石のアイロンを使うが失敗。
老絵師は、饕餮(とうてつ)の海を渡って墓島へ行き、深水王子を探して下さいと言った。そして傘の回し方を教え露姫に託した老絵師は、体が透明になっていった。旅に出る準備を始めた寛おばさん。
地下砦ではちょうど針孔が露姫の絵を完成させたところだった。
雲天明の第二の物語 饕餮(とうてつ)の海
馬車で海に向かう露姫、寛おばさん、近衛隊長の三人。
道すがら深水王子の話になる。幼い頃王子が船で墓島へ釣りに行ったが、海に饕餮魚が出て帰れなくなったという。
露姫が顔を洗った時の石鹸の泡を見た近衛隊長に、ホーアルシンゲンモスケン産のものだと自慢する寛おばさん。
近衛隊長は長帆といった。彼の話す饕餮の海のいきさつ。
昔は「物語の王国」と言われていた。交易品の獰猛な饕餮魚が水難事故で海に放たれ大繁殖。交易は絶え、人々は物語を望まなくなった。
雲天明の第三の物語 深水王子
翌朝目を覚ました露姫は、長帆に指さされて沖を見るが最初目にしたのは巨人。どうやらそれが深水王子。船を出してと頼む姫だが、たまたま桶が流された。饕餮魚が桶を噛み砕いた時、泡に触れたとたん白い腹を見せて浮いた。島に行けるかも知れない、と長帆。
長帆が柄の先に石鹸を付けて水面に浸けると大量の泡が出て、まわりの饕餮魚が浮き、その間を抜けて行く。何とか岸にたどり着き、王子を見ると普通の大きさ。「滴血の法」で兄妹が証明され抱擁し合う深水王子と露姫。話を聞いた深水王子は海を渡った。
だが向こう岸に騎馬の一団が待っていた。
深水王子に事情を話す将校。氷砂王子は戴冠し国王に即位した。
王宮では戴冠した氷砂王子が酒宴を楽しんでいたが、深水王子到来の知らせを受けて、針孔に彼の絵を描くように命令した。
深水王子を見たが絵にする事が出来なかったという針孔。
彼は遠近法に従っていなかった。針孔は西洋画を学んだ絵師。
水墨画の画風はそれに従わず、空霊大絵師は教えてくれなかった。
人生最後の一枚を描くと言って去った針孔。
そして対峙する兄と弟。両者剣を抜く。腕前に優劣はなかったが、深水王子が遠近法に従わないため、氷砂王子は胸を貫かれて絶命。
長帆が画室を捜し出すと針孔の自画像が画架にかかっていた。
鋭い視線から目をそらす。そして露姫の絵を見つけ出した。
魂を奪われかけたが、気を取り直してそれを燃やした。もう傘は不要。露姫は、国は兄に任せ、王国を離れて大海原を航海するという。
世界の果てまでお供します、と長帆。P67
送信紀元7年 雲天明のおとぎ話
解読作業が本格化すると、言葉のどれも様々な解釈ができた。
絵を扱うことから三次元と二次元の関係性が示唆される。また饕餮魚を無数の文明の象徴だとした「魚群シナリオ」も検討されたが放棄。
少なくともひとつ、具体的な鍵があった。ホーアルシンゲンモスケンとい
う奇妙な地名。だがこれも全く糸口がつかめない。P73
膠着状態に陥った各チームでは、雲天明の思考能力に疑いを抱く者も出て来た。その事で世間の人々の幻想が醒めた。
現実的な方法で文明保存の道を探る動き。三体世界が破壊されたプロセスを詳細に捉えた際の研究結果は「掩体計画」の誕生を生み、雲天明メッセージに代わり注目を集め始めた。P75
「時の外の過去」より抜粋 掩体計画--地球文明の方舟
Ⅰ 太陽系に対する暗黒森林攻撃発生時期の予測
人類生存計画は、これを70年後と仮定して進める。
Ⅱ 救出する必要のある人口 70年後で6~8億人
Ⅲ 暗黒森林攻撃に対する包括的予測
もし光粒が太陽に衝突した場合は水星、金星は蒸発。火星は表面剥離、地球も相当に剥離する。より外側の惑星はほぼそのまま残ると推定。それが掩体計画の大前提。
Ⅳ 過去に放棄された人類生存改革
1恒星間脱出計画
技術的に不可能。方舟群に乗れる人数は総人口の千分の一以下。
それが社会に動揺を起こし、秩序の全面崩壊に至る。
2長距離避難計画
宇宙空間に拠点を建設するものだが、実現可能性が低い。
Ⅴ 掩体計画
木星・土星・天王星・海王星を掩体として太陽爆発からの回避。
各惑星の近傍に宇宙都市建設。
Ⅵ 掩体計画における技術的問題
宇宙都市は各惑星の衛星とはならず静止を保つ。推進装置が必要。
Ⅶ 暗黒森林攻撃後の地球人類の太陽系における生存
各宇宙都市は各融合エネルギーにより生存。星間物質雲を活用して都市内部に人工太陽を設置。水は木星の衛星エウロパから調達。
Ⅷ 掩体計画の地球インターナショナルへの影響
掩体計画が地球資源を枯渇させる不安。必要とされる資源は全て地球外から調達する。ある段階に進めば地球経済に寄与。
Ⅸ 掩体計画の概略的な進捗計画
工業生産システムを20年かけて構築し、60年で宇宙都市建設。
その間に10年の並行期間を設ける。
Ⅹ 第二次暗黒森林攻撃の可能性
太陽が存在しなければ、観測者は文明破壊を信じるだろう。P82
送信紀元7年 雲天明のおとぎ話
掩体計画が進むにつれて、解読作業の熱も次第に醒めていった。
そんな時に思いがけない突破口が見つかった。
艾AAが手に入れた石鹸を程心が風呂で使った時、紙の舟が動いたのが曲率推進のヒントになった。
二日後、IDCの会議で支持された曲率推進。
三体艦隊の光速船は曲率ドライブを使っている。
また情報の隠し方の示唆。王女の舟、石鹸、饕餮の海は「石鹸で進む折り紙の舟」それが空間曲率ドライブ。P95
次いで解明されたのは「傘」 回転が速すぎても遅くてもいけない。
定速性は自動制御の基本。
また深水王子の身長が距離の変化で変わらない。
この二点は光を示唆する。
次に謎の地名「ホーアルシンゲンモスケン」が解明された。
言語学者が、恋人の会話からノルウェー語のヘールゼッケンとモスケンという二語を抽出。それがヘールゼッケン山とモスケン山を指すと聞いて、そこに向かった程心。山同士を挟む海峡にある「モスケンの渦潮」 渦が意味するブラックホールを理解した。
光の速度とブラックホールに関する考察。
もし光速度が第三宇宙速度である16.7キロ以下になると、光が太陽から出られなくなりブラックホールになる。
太陽系は隔離・閉ざされ絶対に安全。光速度が低下したブラックホールはシュワルツシルト半径が大きく、自由度の高い宙域。
光速が16.7キロ以下の世界で見る日没の光はどんなものか。
雲天明のメッセージは大部分が解読された。残されたピースは針孔絵師の絵。最終的に解読不能とされた。だが絵の中に閉じ込められるモチーフは物語の基礎であり、美しい死の表現と理解された。P113
「時の外の過去」より抜粋 地球文明生存のための三つの道
1.掩体計画(バンカー・プロジェクト)
成功の可能性が最も高い。雲天明メッセージにこれへの言及はない。
2.暗黒領域計画(ブラック・ドメイン・プロジェクト)
太陽系を低光速ブラックホールにするもので、最も難度が高いが、成功すれば最も安全。光粒の様なものが入ったとたん光速の減速エネルギーで破壊される。だが電子の低速化でローテク社会となる。
3.光速宇宙船プロジェクト
実現難度は低いが深宇宙に向かう人類の前途は危険に満ちている。
送信紀元8年 運命の選択
初めて星環グループ本社を訪れた程心。
暗黒領域は好きじゃないというAAに程心も同意。
よって星環グループは光速船を作る事業に進む。
その時、ウィンドウに警報表示。攻撃アラートが出たという。
<星環(商用宇宙船)>で脱出を試みるが発射待ちで大混乱。
警報システムに疑問を持つ二人。誤報だった事が発表された。P135
誤警報事件は様々な問題を焙り出した。富豪が秘密裏に作らせていた準恒星間宇宙船や死に対する不平等などにより光速宇宙船開発計画は大きな抵抗に直面した。
誤報の発端となった一号観測ユニット。
この異常検知は誤動作ではなかった。光粒以外の要因。P138
送信紀元8年
運命の選択--誤警報事件の二日前
太陽系早期警戒システム1号観測ユニット。
1号観測ユニットは、実は70年以上前あの「水滴」を初めて発見したリンギア・フィッツロイ観測ステーション。
史上最大の望遠鏡の本格運用を行う、天文学者ウィドナルとワシレンコ中尉。三体星系の観測を命じられていた。
観測しているのは爆発から三年後の姿。そこで星雲から少し離れたところにシャボン玉の様な輪郭を見つけたウィドナル。
更に離れた宙域にもう一つのシャボン玉を見つけた。
さっきのものより大きい。驚くワシレンコ。
そこは三体第二艦隊が光速に入った場所。
ここから導いた結論は「曲率推進宇宙船は光速に入ると航跡を残す」
十一年前、第二艦隊は母星系から十分に離れてから光速航行に入ったが、その時には既に手遅れだった。「すぐに報告しないと」
初期段階のテストであんな航跡を残したら目標にされてしまう。
それが警報として報告され、世界的な大混乱を起こした。
曲率ドライブの航跡は、ロケット打上げ時発射台に残る焼け跡と同じ。
この航跡発見は、光速宇宙船プロジェクトの息の根を止めた。P150
送信紀元8年 太陽・地球系のラグランジュ点
程心は再び地球と月のラグランジュ点にいた。掩体計画の実験ボランティア。太陽爆発の際、ガス巨星が掩体たり得るかの見極め。
太陽爆発は超大型水素爆弾。八つの惑星の代わりに岩石を配置。
実験の必要性は低かったが、人民に対する宣伝効果を狙った。
木星を模した岩石は百メートル内外。その裏側で待機する程心に近づく宇宙艇。実験参加の20隻の一つ。
窓から見えたのはトマス・ウェイド。ドッキングして船内に入って来た。
模範囚で減刑され、十一年の刑期で出て来たという。
光速船を実現したいウェイドは、程心の持つ会社の権利を全てよこせと要求した。「二度と同じあやまちを犯すな」
カウントダウンが終わり、水素爆弾が爆発した。
実験は成功、宇宙艇群は無事だった。答えを保留した程心。
AAに相談した時、最大の障害になると思われた彼女は容認した。
程心にはこのプロジェクトを実行する能力がないと断言。
あのろくでなしならきっとやれる。
二日後、ウェイドと対面した程心は申し出を了承。
彼女に冬眠に入ってくれと言ったウェイド。
このプロジェクトが人類に危険を及ぼす事になった時は必ず蘇生させることを確約させた程心。
その十日後、ウェイドは星環グループのCEOとなり、程心はAAと共に冬眠に入った。P165
第四部
掩体紀元11年 掩体世界
蘇生した程心の前に情報が映し出される。62年8ケ月の冬眠。
翌日来たのはかつての執剣者候補の曹彬。
程心と同じ頃冬眠したが、環太陽陽子加速器の理論研究で起こされ15年没頭し、また冬眠。次に蘇生したのは2年前だという。
曲率推進プロジェクトの事を聞くが言葉を濁す曹彬。
雲が晴れ、空の向こうに大地が見えて驚く程心。
ここが宇宙都市アジアⅠ、木星の裏側だと言った曹彬。
ここは掩体プロジェクトで最も早く作られた。全長45キロ、直径8キロの
円筒で回転により人工重力を作っている。900万人が生活。P180
木星の裏側の宇宙都市群は全部で二十六の宇宙都市。
北米1、オセアニア1、アジアⅢ等が近在する。人口二千万。
それから三日間、程心は曹彬の案内で四つの宇宙都市を回った。
北米Ⅰは完全な球体であり、高緯度につれて重力減少。ここではヨットで環海を一周した。全長60キロほど。海水はエウロパから採取。
次の宇宙都市はヨーロッパⅣ。長球体で、地域ごとにマイクロ核融合太陽を持つ。人口は450万と最も少なく、裕福な都市。
次いで行ったパシフィックⅠ。標準的な球体だが、建設作業員用だったのが設計欠陥が判明し放棄された。だが失業者やホームレスが集まり治安が悪化。木星の衛星になっているため無重力。人工太陽もない。
曹彬と程心は市場を訪れる。怪しげな店が並ぶ中、程心は葉巻の箱を見つけた。黒人の少年が200年前にハバナ葉巻だと売り込む。
買った程心。多様な生活。無重力の「清明上河図」の様に見えた。
更に様々な宇宙都市を案内された程心。いま木星、土星、天王星、海王星の裏側に合計64の宇宙都市があるという。過酷な計画生産政策により現時点で宇宙都市には29億。
現在、地球には五百万しか残っていない。死を恐れない人々。P195
掩体紀元11年 光速(ライトスピード)Ⅱ
曹彬と程心は最終目的地の「星環シティ」に向かった。もう一つの中型宇宙都市ライトスピードⅡを通過する。ここでの物語を始めた曹彬。
真空中の光速度を低下させる研究は掩体計画と同時に始まった。
暗黒領域計画の元となるブラックホールを作れるのが環太陽加速器。
そのプロジェクトの最高責任者になったのが高(ガオ)Way。
出来たマイクロブラックホールを安定化させるため、木星最小の衛星レダに投入された。そのほとんどが吸い込まれ、ブラックホールは安定。
それを中心にしてライトスピードⅡが建設された。その研究に没頭した高Way。その研究の6年目に命を落とした。その後の観測でブラックホールに人影が観測された。落下過程が無限に引き延ばされている。
掩体紀元11年 星環シティ
曹彬と程心は星環シティの手前で連邦艦隊に止められた。封鎖が二週間続いているという。連邦議長の特使ブレアが状況を説明。
トマス・ウェイドが経営を引き継いでから、星環グループは十倍規模の企業体に成長し、彼は利益を光速船開発に振り向けた。そしてグループの作った環太陽加速器がブラックホール・プロジェクトに貢献。
だが六年前、突如星環グループは光速宇宙船開発を公表。
連邦はたび重なる交渉を重ねたが、最終的に両者は決裂。
そして星環グループは太陽系連邦から独立した。
曹彬と程心の宇宙艇は星環シティに入って行った。
「技術院基礎技術021」の建物でウェイドが待っていた。
ホールに置かれた小さなマシン。曲率ドライブ検証用。
五十年以内に、曲率推進による光速宇宙船を建造すると言ったが連邦政府に拒絶された。武装集団を見せるウェイド。彼らの銃には反物質を仕込んだ銃弾が入っており、一発で艦を倒せる。
「あの約束はまだ有効?」と聞く程心。
「もちろん。そのために呼んだ」
程心は「全ての抵抗をやめて」と言った。潜伏している兵士含め。
何度かのやりとりのあと、ウェイドが兵士らに武装解除を命じた。
誰も動こうとしなかったが一人、また一人と銃、弾帯を置いた。
ウェイドは笑みを向け「ほらな、約束は守っただろ、お嬢ちゃん」P225
星環シティ事件の解決後、世論は彼らに対して寛容だったが、あの反物質の弾丸が公表されると、それは戦慄の的となった。
結局ウェイドは死刑を宣告された。
拘置所まで面会に行った程心。あの時買い求めた葉巻を渡した。
三本だけ受け取ったウェイド。たくさんあっても吸いきれない・・
言いたいことはない?と尋ねると「葉巻をありがとう」
三日後、トマス・ウェイドはレーザー照射により蒸発した。
程心は冬眠の艾AAを起こし、共に地球へ帰った。大陸各地を旅行。
オーストラリアにも立ち寄った。
フレスは百五十歳まで生きたが十数年前に亡くなっていた。
AAが、攻撃されたあとの時代に行ってみない?と聞き賛成する程心。
暗黒森林攻撃後の人生。本当の静けさ、幸せが見つかるはず。
予定の冬眠期間は二百年だが契約書には「期間内に暗黒森林攻撃が発生した場合、二人は予告なく蘇生される・・・」P229
第五部
掩体紀元67年 天の川銀河 オリオン腕
データを調べる歌い手。自分の仕事は取るに足りない。
座標のピックアップは主核(メインコア)の仕事。
三つの恒星の一つが消えている。既に清められていた。
まず、一つの座標からあるメッセージが出された。歌い手はその低エントロピー体を「太陽弾き」と名付けた。それは自分たちの恒星を不器用に弾いた。往復される通信。三回の交信の後、太陽弾きは座標を送信した。ただ、太陽弾きに清めの力がない。
三恒星世界を清めた者はなぜ太陽弾きを清めないのか。
三恒星世界が清められたのは今から十二時粒前。太陽弾きは自分の場所が暴露されたにも関わらず自分を隠す事をしていない。
その能力がない? やりたくないだけだとしたら、彼らは危険。
太陽弾きに注目する歌い手。種子の長老に、調べてみたい低エントロピー世界があると申し出た。先に死んだ星系と違い、構造に死角があるため双対箔が必要。長老に申し出て許可を得た。
あっさり許可されて驚く歌い手。噂されている、母世界と周縁世界との軋轢。母世界は二次元化の準備をしている?・・・・
歌い手は力場触鬚(しょくしゅ)で相対箔を掴み太陽弾きに投げた。
掩体紀元67年 <星環>
目覚めた程心は無重力下にいた。隣りにいる艾AAも同じ状態。
「そこは<星環>の船内です」情報ウィンドウから曹彬が顔を見せた。
老いた顔に月日を感じる。今は掩体紀元67年5月19日と告げられた。
これは小型宇宙船<星環>の最新モデルだという。
起こされたのは攻撃アラートが出されたから? 肯定する曹彬。
緊迫感のなさに驚く。「光粒はどこまで?」「光粒ではありません」
「何が見つかったの?」「一枚の小さな紙切れです」
掩体紀元66年 太陽系外周
程心が蘇生する一年前、太陽系早期警戒システムは、光速に近い未確認飛行物体が、オールトの雲外縁を通るのを発見した。
方向転換の状況から見て知的生命体の宇宙船。
だがそれは一年四ヶ月前の映像。
その後警戒システムが重力波を出す物体を検知。電磁的に不可視。
二隻の宇宙船<啓示>と<アラスカ>が調査に向かった。
<啓示>のクルー ワシレンコ中将と技術リーダー白Icd。
ワシレンコは以前誤報騒ぎの後除隊となって冬眠。その後蘇生して軍籍回復した。白Iceは危機紀元の末に冬眠し、今から22年前に蘇生。
学生時代丁儀の指導を受けていた。
重力放射源の情報を元に対象との距離を詰める二隻。
千キロに近づいても目視できない。五キロ・・・五百メートル・・・
五メートルでようやく確認。「長方形膜状物体」要するに一枚の紙きれ。
ロボットアームで掴もうとするが、すり抜けてしまう。
ワシレンコと白Iceが宇宙服で向かった。直前に来た時、ワシレンコがつまもうとするのを止める白Ice。丁儀が蒸発した件の記憶・・・
構わず掴むワシレンコだがその指先をすり抜ける。これは運べない。
こちらが動けばいい、と白Ice。
<啓示>はゆっくりと紙切れに移動し、実験用キャビンの中に浮かべる事に成功した。二十時間あまり経過したが、何ひとつ解明できない。
慣れるにつれて隊員の警戒心も薄れ、体を通過させたり、脳まで通過させたりした。それを怒る白Ice。
その夜、丁儀の夢を見た白Ice。彼との禅問答の様な会話。
そのうち丁儀が掘った穴がどんどん大きくなる。車で逃げる白Ice。
だが飲み込まれそうになる。脱出速度を計算しろ・・・
夢から醒めた白Iceは汗びっしょりだった。ワシレンコの所へ飛んで行き
、あれを船内に置いてはダメだと言った。
傲慢になるな。水滴を思い出せ・・・それを受け入れるワシレンコ。
<啓示>は紙切れから離れた。宇宙空間に出た紙切れ。
紙切れから離れて五十時間ほど経つと、重力波が完全に途絶えた。
紙切れから二千メートルのところで監視していた艦載艇に帰還が命じられた。だがその時艦載艇の下部が溶け出す。
「全員、耐Gシートにつけ。全速前進!」ワシレンコの命令。
だが「動いていません」という操縦士。加速しているが打ち消されていると言う白Ice。あの紙は二次元空間。
かつて<藍色空間>と<万有引力>が見た、四次元から三次元への崩潰。
三次元が二次元に崩潰するのかも知れない。逃げるには脱出速度に達するしかない。その速度は? 光速です、と言う白Ice。P272
エンジンはフルパワーで稼働し、結末を少しでも遅らせた。
先行する艦載艇が平面展開され始めた。三次元の中に隠れていた全てが展開される。もう加速はやめよう、とワシレンコ。
エンジンが停止された。
白Iceは雲天明の童話を思い出す。針孔絵師が描き人を閉じ込めた。
天明は決死の覚悟でこれを物語に組み込んだ。
この情報を理解出来ず、人類は掩体計画に希望を託した。
ガス巨星を掩体にして身を隠すなどは地球人類でさえ思いつく。
彼らが気付かないはずはない。
<啓示>の二次元化に要したのはわずか数秒だった。P275
掩体紀元68年 冥王星
地球に帰りたいという程心に、冥王星行きを提案する曹彬。
二次元空間から最も遠く、残された時間も長くなるのと、あそこの博物館から収蔵品を出し、少しでもいい形で二次元化したい。
そしてそこには羅輯氏がいると言った。そろそろ二百歳になる。
宇宙船AIへの指示で冥王星に向かった程心とAA。
出航二時間後、太陽系連邦政府の声明が出された。
今から五時間前、太陽系に対し暗黒森林攻撃が行われた。
今回は次元攻撃。
空間を三次元から二次元に崩潰させ、あらゆる生命を殲滅。
プロセス完了まで八~十日。脱出速度は光速と確認されている。
加速を停止した<星環>の睡眠補助マシンで眠る程心。
程心とAAが目覚めた時、モニターに冥王星の全景が見えた。
発着場に着き、軽量宇宙服を着て外に出る二人。
極寒の中で宇宙服の熱制御がフルパワーで稼働する。
<星環>のサーチライトで示されたところに黒い石板(モノリス)
二重扉を開けると湿気のある空気が押し寄せる。その先に羅輯が立っていた。当時の威厳に満ちたイメージは消えていた。
起きた事を全て知っていた羅輯。スタッフたちは皆逃げ出したという。
ここを最初に発案したのは、当時国連事務総長だったセイ。
人類滅亡後も長期に文化遺産を残す。当初の目標は一億年。
だが量子デバイスの1/3は五百年以内に劣化する。
光磁気ディスクで十万年。特殊な紙とインクでも二十万年。
それで目標を一億年にした。結局到達したのが「石に彫る」
彫られているものを見る程心。男女のレリーフから始まり、象形文字、楔形文字・・・中国詩もある。
次に収蔵品を収めたホールが紹介された。大部分は保存期間が五万年以内。絵をたくさん持って行くといい、とAA。額縁は外した方がいいと言われてAAが手をかけた絵に「だめ!」と止めた程心。
それはゴッホの「星月夜」彼の空間表現に惹かれた。
それに構わない羅輯。今や街一つでも一銭の価値もない。
二人でその作業を始めるが、一枚だけは残してくれと言われた。
それは「モナリザ」P298
二回目の搬出作業に戻る二人。今となってはこの作業は無意味。
情報の大部分は二次元化でも保存される。だが今は行動していたい。
ホールに入ると、羅輯が搬出品の整理をしてくれていた。
そこの巻物を開くAA。「清明上河図」今となってはただの古い絵。
二人は羅輯を<星環>に招待した。
収蔵品を外に出した時、地球が崩潰するところだった。驚異の景観。
収蔵品を運び込む。羅輯は<星環>を熟知している様だった。
AIが地球の最後の映像を流した。三人がショックを受けたのが二次元の海。そこに見える六角形は雪の結晶。直径が五千キロほどもある。海がこんな風に変わるのもいい、と羅輯。
悲しみがようやく追いつき嗚咽するAA。
三回目の搬出・搬入を終えた二人。その間に太陽の崩潰が始まった。二次元太陽は膨張を続け、三次元の太陽はそこに沈んで行った。
四世紀前、葉文潔が紅岸基地の山頂で見た光景。
「これが、人類の落日」
それに次いで金星、火星も二次元平面に滑落した。
そろそろ時間だ、と言う羅輯。
一緒に行きましょうという程心に「あそこの方が落ち着く」
天王星の二次元化を待ってから行くというAAにきつく「すぐ出発しろ!」
と言う羅輯。それに促されて離昇する<星環>
今、天王星を除く太陽系の大部分が崩潰していた。
この星空を見てAAが叫んだ。それはゴッホの「星月夜」
彼はどうしてあの絵が描けたんだろう。
ウィンドウに羅輯の顔が映った。準備はいいか?の言葉。美術品放出のことかと思うと、放出せず持って出発だという。「どこへ?」
<星環>は光速航行が出来る、人類世界唯一の曲率推進ドライブ搭載宇宙船だからね、と羅輯。
ウェイドの死後も研究は続けられた。その科学者グループに加わっていた羅輯。35年後研究施設は水星に作られた。あのレイ・ディアスが実験で大穴を開けた場所。技術開発の最終段階で、大規模実験の必要性から連邦政府との共同研究に踏み切った。
そして三年前、曲率推進エンジンが三台建造された。
一台目は十分程度の光速でも戻るのに三年かかり、それが<星環>に搭載されている。残り二台が戻るのは六年後。
迎えに戻ると言う程心を拒絶する羅輯。
<星環>は彼の命令しか聞かない。
「空間曲率推進用意!」そして起動。光速に入るのは64分18秒後。
加速の途中でAAが、冥王星が二つに見えると言った。<星環>の航跡の中で光速が遅くなったからだと言う羅輯。それを聞き咎める程心。
石鹸の膜で動く舟の話。あれをもう一度試したら遅くなったはず。
光速船の航跡内では光速が遅くなる。
これを大量に繰り返せば「暗黒領域」が出来る。
宇宙において曲率ドライブの航跡は危険のしるしにも、安全通知にもなり得る。だがそれを知った時には手遅れだった。
政府も全力を尽くしたが間に合わなかった。
星環シティ事件以後の貴重な35年を無駄にした・・・呟く程心。
今になって理解した。生存の三つの道の中で光速宇宙船だけが正しいルートだった。雲天明が暗示したのに、それを自分がふさいだ。
また、暗黒領域を作って次元攻撃を回避できたかも知れなかった。
最後に羅輯の声「おっと、絵の中に入る時が来たようだ。よい旅を」
最後の宇宙船からの声も消え、残っているのは<星環>だけ。
宇宙船AIが「180秒後光速に入ります。目的地を指定して下さい」
AAが程心の手を掴んだ「彼がいるじゃないですか!」
だれかに会いたいと、こんなに強く思ったことはない。
危機紀元初期の番号 恒星DX3906を、AIが現在のS74390E2と確認。
「50秒後に光速に入ります」そして表示モードが変わる。
前方は青く、後方は赤くなった。P337
第六部
銀河紀元409年 わたしたちの星
<星環>は曲率エンジンを切り慣性航行を始めた。程心を慰めるAA。太陽系の破壊が自分のせいだなんて自意識過剰。ウェイドを止めなくても結局星環シティは倒された筈。暗黒領域への引きこもりも、人類が選んだかは不明。程心の望みは、全てを雲天明に聞いてもらうこと。
AIが、航行時間は52時間だと伝えた。いつの間にか程心は眠った。
次に目覚めた時には<星環>は向きを逆にして減速を始めていた。
今は、太陽系から286光年の距離にいるという。
恒星DX3906は太陽ほどの大きさだった。太陽より赤い。
二つの惑星はどちらも個体惑星で、恒星から遠い方に大気はなく灰色惑星(プラネット・グレイ)と名付け、近い方は大気があって地球サイズであり、その色から青色惑星(プラネット・ブルー)とした。
AAは自分の研究が実証されて喜んだ。
<星環>はプラネット・ブルーに向かって降下したが、抑止紀元初期の着陸誘導ビーコンを受信したというAI。従うよう言った程心。
着陸したその近くに停まっていた小型のシャトル。そのそばに立つ男。雲天明でない事はすぐ分かった。ハンサムだと言うAA。四十歳ぐらい。
AIが大気組成を酸素35%、窒素63%、二酸化炭素2%と分析した。
タラップから降りるのを手伝う男。彼は関一帆といい<万有引力>の乗員だった民間研究員。五年前に蘇生したという。<藍色空間><万有引力>乗員も四世紀前の古人。彼らがいるのは「世界」というエリア。四ヶ所あるという。だが環境はここよりかなり悪い。
ここに植民できないのは外世界人(アウトサイダー)が良く来るから。
オリオン腕に近く交通量が多い。
関一帆は探検隊と共に来たが、二人を待つために残った。P350
プラネット・ブルーで夜を迎えた三人。関一帆が空を指して、数日前まであの方向に太陽が見えたと言った。望遠鏡でまだ見えると言うAAに、見えないと断言する関一帆。二次元太陽系の探知法は引力だけ。
話題を変えた関一帆。二人がここに来た目的 雲天明について。
彼のことは知らないが第一艦隊と第二艦隊は一度も合流していない。
60年前に起きた大規模な戦争の一方が第二艦隊だったという。
第一艦隊の情報はない。
ここに長居をするのは危険だという。
僕らの世界に行こうとの言葉に乗るAA。頷く程心。P353
もう一日プラネット・ブルーに滞在となった。関一帆の小型宇宙船はこの星の静止軌道にいた。名は<ハンター> 空間曲率エンジン搭載だが生命維持システムが貧弱なので、長期航海時は冬眠が必要。
三人でハイキングに出かけた。生態系はシンプルで魚、昆虫、植物が数種。だが人類は何とか生きていける。
夜になって<ハンター>経由で関一帆に報告があった。
プラネット・グレイに正体不明の編隊が着陸したという。
現地調査についていくという程心を頑として拒否する関一帆だが、雲天明の事を知りたいのだと応援するAAに折れた。
シャトルが飛び立ち、<ハンター>にドッキング。
プラネット・ブルーを離れて加速した。強いGを受ける。関一帆が話す「世界」の開発。関一帆は冬眠者の中でも一番遅く蘇生。
新世界で初めて光速宇宙船が作られたのは一世紀前だという。
太陽系人類は銀河系人類より二世紀早くその技術完成が出来た筈。それもまた自分の責任・・・
現在、宇宙の果てを目指す終極宇宙船が五隻出航しているという。
最後までちっぽけな時空に閉じこめられていた太陽系人類をかわいそうだと言う程心を否定する関一帆。
宇宙の現実はただ暗黒。最も恐ろしい武器は物理法則だという。
良く使われるのは次元攻撃と光速。
今続いている二次元崩潰はいつ止まるの?との問いには
「永遠に止まらないよ」
攻撃者はまず自分の体を低次元宇宙で生きられる様にしてから次元攻撃を仕掛けるという。
四百年以上前<藍色空間>と<万有引力>が四次元空間のかけらに侵入した事を思い出す程心。あの時の隊員が関一帆。
自らが低次元で生きる事を選択するのが信じられない。
だが死ぬよりましだと言う関一帆。
次元攻撃の場合、宇宙の二次元割合が増加して三次元空間を圧迫する。最後に宇宙は二次元になる。
楽園時代の宇宙は十次元だったという。その時の光速は今よりはるかに速かった。それが戦争を重ねるうちにマクロからミクロへと封じ込められ低次元、低速化した・・・ あて推量だと否定する関一帆。
だが確かなのはこの宇宙が死にかけているということ。P366
航宙は四日間続き、目覚めた時にプラネット・グレイが視界を占めていた。とても小さな惑星。シャトルで降下する。五隻の未確認飛行物体が飛び去った場所に巨大な痕跡があった。死の線(デス・ライン)だという。五本の黒い線は曲率推進の航跡。そこから約三キロ離れて着陸。
こういう航跡を作り出すのは帰零者(ゼロ・ホーマー)だという。
宇宙をリセットしてエデンの園に戻す事を望んでいる。
宇宙をゼロ次元まで戻して再び十のマクロ次元にに戻す。
早くここ、というよりこの星系を離れなくてはいけないという関一帆。
関一帆は言う。
宇宙には無数の文明がある。あらゆる種類の人や世界。
少なくとも帰零者の仕事は宇宙を終わらせる事で完遂する。
新しい宇宙は十次元?可能性は無限にある。
プラネット・ブルーへの帰路は順調に進んだ。
強制睡眠から明けると既に軌道上。
艾AAからの通信を開く関一帆に「大事件!雲天明が来てる」
三時間ほど前着陸したという。程心にプレゼントを持って来た。
危険回避のため、AAが彼を呼んで来るというのを制して通信を切った関一帆。だが互いに笑い出す。澄んだ美しさに満たされた。
シャトルに乗って着陸を始めた二人。どんなプレゼントだろうね。
減速が開始されると思われる頃、突然切り裂くような異音。
それから不気味な瞬間。時の外にいるような感覚。のちに関一帆が教えてくれたのは「時間真空」それから全てが闇になった。
機内の自動システムが停止したため、旧タイプの宇宙服に着替える。
コンピュータが作動しないのは秒速が二十キロ以下になったから。
今は光速で惑星を周回しているが、それが減速している。デス・ラインが乱れ航跡が星系全体に広がった。雲天明が知らずに乱したか。
これからニューロンを起動するという。低光速でも動くニューラル・コン
ピュータ。<ハンター>は自動で立ち上がっている。
だが起動に相当な時間がかかる。起動シーケンスによれば約300時間かかる。「十二日!」思わず声を上げた程心。
「冬眠するしかない」だが設備もコンピュータ制御。
酸素ボンベとカプセルが出された。短期冬眠用の薬物だという。
一錠で十五日間。先に関一帆が飲み、次いで飲んだ程心。
二人は手をつなぎ、徐々に意識を失った。P383
時の始まりから約百七十億年 わたしたちの星
程心の意識が戻った時、関一帆は画面の操作中だった。シャトルは相変わらずプラネット・ブルーの軌道上を低光速で回っている。
いつでも減速して光速を離脱出来るという。
30分後、シャトルと<ハンター>は同時にエンジンを稼働させて減速した。そして光速から離脱。窓の外に見える景色は混とんとして見える。ここは暗黒領域の中?そうだ。
「下に降りてみようか」と言う関一帆。紫の植生が見える。
植物が青から紫に変わったのは太陽の光の変化によるものだろう。
無事着陸。酸素含有量が増え、気圧も1.5倍になっていた。
<星環>も雲天明の船もなく、人の気配もない。
軌道上の<ハンター>との交信。周回しながら地表の調査を実施。
次に行ったのが放射年代測定。関一帆は何とか機器を接続してそれを可能にした。その結果 恒星周期:6177906 地球年:18903729
二人は強く抱き合った。
このDX3906星系がブラックホール化して1890万年。あきらめの涙。
どれほどの時間が経っただろう。
痕跡を探したい、と程心。何もないだろう・・・
石に刻む。艾AAは石に文字を刻むことを知っている。
<ハンター>に探させた結果、判別できる文字が見つかった。
私達はともに幸福な人生を生きた
君達に贈るこの小
無事に
収縮を生き延
新しい宇
分析では一千万年の間の地殻変動で割れ、現地層まで沈下した。
二人のその後は、どんな可能性もあり得た。
子孫がここに文明を築いた可能性も・・・
その時、妙なものが目に入った。長方形の輪郭が空き地の上に浮いている。これが贈り物?否定した関一帆だが、間違っていた。
「なんだか、ドアみたい」ものを投げると素通りして向こうに落ちる。
だが関一帆が腕を入れると反対側から手は出ず断面が見える。
程心も同様。二人で手をつないでそこをくぐった。P397
時の外 わたしたちの宇宙
進むにつれ青空のもと、田園風景が広がる。後ろのドアはなくなっていた。白い家が見えて来た。原始的な農具もある。
観察のために回りを歩く。一キロほどでこの世界の果てに来るが、一歩踏み出すと複製世界が始まる。
関一帆が、ここは一キロ程度の正六面体だろうと言う。
かつて雲天明は君に星をプレゼントした。そして今度は宇宙をプレゼントした。その時、白い家のドアを開けて和服の女性が出て来た。
「智子!」感無量だった。一礼した智子。
「宇宙#647へようこそ。私はこの宇宙の管理者です」
促されて家の中に入る。
「この宇宙は雲天明氏からお二人へのプレゼントです」
関一帆の権限も追加された。約十年後、大宇宙は重力崩壊を起こして特異点になるという。
新たに生まれる大宇宙でエデン時代を体験して欲しい・・・
新宇宙に興味があるという関一帆。
私も新宇宙に行ってみたい、と話す程心。
外では農作業ロボットが働いていた。ここの備蓄食料は二年分だけ。あとは自給。ここの種は程心が天明に届けたものの子孫。
雄弁になる関一帆に微笑む程心。
宇宙#647での一年が過ぎた。畑の小麦も二度目の収穫になる。
この世界には生活に必要なものが揃っていた。
三体世界で作られた製品。
程心と関一帆は時々ロボットと野良仕事をしたり散歩したり。
だが一番時間を費やしたのは情報集め。
コンピュータには三体世界が集めた情報が網羅されている。
それ以上に二人の興味を惹いたのが三体言語による彼らの資料。
彼らの言語習得から始め、慣れてからは人類語より早く読めた。
二人に一番の関心事は、小宇宙から大宇宙への通信。智子の話では、送るのは不可だが向こうからのメッセージ受信の可能性はある。
日々は穏やかに過ぎ程心は「時の外の過去」という回顧録を書き始めた。
時々新宇宙での生活を想像する二人。智子の話す新宇宙は、もしかすると十次元以上になる。高次元の概念を関一帆が説明した。
時間に無数の方向が存在し、それが選択の数になる。
ある夜、程心が目覚めると関一帆がおらず、探しに行くと小川のほとりに座っていた。このところ三体の宇宙論を読んでいるという。
彼らは宇宙の総量が正確かつ完璧に設計されていると証明。
宇宙の総量はビッグクランチをおこすのにぴったりの量だという。
総質量が今より小さくなれば宇宙は開き、無限に膨張する。
だがその質量が奪われている。
三体人が作るこうした小宇宙が大宇宙から質量を奪っている。
回帰者と呼ばれる者は小宇宙の質量を大宇宙に返すよう求めている。
ある日、智子が小道を足早に歩いて来た。今までにないこと。
大宇宙からの送信を受信したという。短いメッセージだが、多数言語での発信なので時間がかかっている。ウィンドウに流れるのは大宇宙で発生した種族のリスト。百万を超えてまだ続く。
三体文明、地球文明はまだ出ない。157万種に亘った通信が終わり、三体と地球のメッセージが並んで示された。
回帰運動声明
この宇宙の総質量の減少が臨界点を越えました。このままでは、閉じた宇宙は開いた宇宙へと変わり、永遠の膨張の中でゆっくりと死んでいくでしょう。それとともに、すべての生命と記憶も死ぬことになります。奪った質量を返還し、記憶だけを新宇宙に送ってください。
大宇宙に訪れる闇の未来。
蓄積された物質を返せば小宇宙では生きられないだろう。
「私は帰りたい。でもあなたが留まるなら、私もそうする」
「こんなちっぽけな宇宙での一生はイヤ。一緒に帰ろう」
それはおすすめ出来ない、と智子。二人がここへ来てから百億年は経っており、大宇宙がどうなっているか分からない。
回帰運動が失敗しても小宇宙で一生過ごせる、と現状を勧める智子に
「みながそう考えたら大宇宙は間違いなく死んでしまう」と程心。
「あなたは今も、責任のために生きているんですね」と智子。P417
「時の外の過去」より抜粋 責任の階段
私の一生は、責任の階段を一段づつ昇ることだった。
子供の頃は両親のため、それ以後は社会の期待に応えるため。
ロケット開発への貢献、執剣者の責務。そして光速の翼への責任。
あの厄災と太陽系の壊滅に私がどの程度関わっていたのか、答えは出ないだろうが、関係はあった。私は責任の階段を昇りつめた。
宇宙の命運に対する責任を持っている。P419
時の外 わたしたちの宇宙
智子が大宇宙の中に生存可能なエリアを探す。評価はマイナス10からプラス10まで。マイナスで人類は生存出来ない。
これまで三ヶ月、一万回の移動を繰り返した。今回のレベル3以上は望めない。程心と関一帆はここに決めた。宇宙#647にドアが出現し、大宇宙への質量返還が開始される。土壌の運搬に三日、次いで床の金属板。その下から小型宇宙船が現れる。曲率エンジン、循環システム、人工冬眠装置を備えている。本来は新宇宙が見つかるまでの移住用だが、これで大宇宙に帰還する。
解体はその後も進み、最後にロボットたちがドアをくぐった。
残っているのは宇宙船一隻と三つの人影。
智子は金属の箱を抱えていた。それは宇宙#647に残される漂流瓶(ドリフトボール)小型コンピュータで三体文明と地球文明をほぼ網羅している。
新宇宙が誕生したら誰かに拾われるために発信を続ける。
五キロぐらい残して行きたいと言う程心。小魚や藻、マイクロ太陽が組み込まれた生態球(エコスフィア)
この球が残っている限り#647宇宙が暗黒世界ではない。
三人は宇宙船に乗り込んだ。智子は再び迷彩服の戦士に変身。
宇宙船は大宇宙に通じるドアをくぐっていった。
小宇宙には漂流瓶とエコスフィアだけが残された。