2018.1.22に亡くなった原作者に敬愛を込めて・・・
5作まであるので、冷めないうちに・・・・
ゲド戦記Ⅳ 最後の書 「帰還」 作:K・ル=グウィン 訳:清水真砂子
国内初版:1993年
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1.できごと
亭主のヒウチイシが死んで、その後中谷の農園を維持しているゴハ。羊ひと群れ、四区画の畑、小作人の小屋に古い母屋。
資産はそれだけ。娘のリンゴは若夫婦。歩いて通える距離に居るが、同居はしていない。
ゴハと古くから付き合いのあるヒバリが駆け付けて、ひどい事が起きたという。宿なし連中の子供が大やけどをした。
宿なし連中というのは、ここひと月ばかり川原で野宿をしている者。
男二人に女とその連れ子。
その中のひとりがヒバリに、子供の具合が悪いと言って来た。行く支度をしているうちに男は居なくなり、ヒバリが川原に行くと、くすぶった焚火に子供が放り込まれていたという。
ヒバリはその子を抱いて家まで運び、まじない女のツタに応急処置を頼んだが、不安に駆られてゴハに頼った。部屋に入ると、ツタがゴハを見てイヤそうな顔をした。ゴハがゴントに来た時、最初はル・アルビの大魔法使いオジオンの世話になっていた。
だからゴハにも人並み外れた力があるかも知れないと思っていた。
子供は顔の右半分と右手に、骨まで達するやけどを負っている。
ゴハは歩み寄って子供の左手を両手で包み、祈った。
2.ハヤブサの巣へ
それから一年以上経った夏の終わりに、男がゴハを訪ねて来た。
ル・アルビのオジオンが呼んでいるとの事。病気だという。
ゴハが男を台所に迎えると、子供が牛乳とパンを出した。
子供を一目見るなり目をそむける男。
ゴハは旅支度を整え、子供を連れて家を出た。男は本来の用事である羊の買い付けのために別れた。
ゴント山に入って行く二人。日が暮れるまで歩き続け、山の中で野宿。
翌朝、おかゆを食べてからまた歩く。ゴハは子供をテルーと呼び、歩きながらオジオンの事を少しづつ教えて行く。ゴハがごく若かった時、親がわりをしてくれた人。魔法使い。
呼び名のこと。普通の呼び名とは違う、真の名をもらったら、絶対に人に話してはならない。
更に竜の話へと続く。キメイのばばがオジオンにしてくれた竜の話。
水を飲んで小休止した後に歩き出した時、前方から四人の男が歩いて来た。ヒバリも話していた、ごろつきや強盗の話を思い出すゴハ。
男らとすれ違う時「よう、よう」と声を掛けられる。「どいて!こっちはオジオンに用があるんだから」と言ってテルーを抱えてすり抜けるゴハ。ほっとけ、と言う男たちの中で一人だけ見送る男。革の帽子、革のチョッキを着て、ハンディと呼ばれていた。
男たちから離れて、ようやく落ち着くゴハ。
日が沈んでだいぶ経ってから、ようやくオジオンの家に着いた二人。
ドアを開けると「おはいり、テナー」とオジオンの声がした。
3.オジオン
付き添いが誰もいない事に驚くテナーは、疲れた子供を寝かしつけ、火を起こした。これじゃあ、誰にもみとられずに死んでしまう、と言うテルーに「そうさせてくれ」。
「ゲドか来てくれるといいんだが」と呟く老人。
「あれは西に向かった。わしは大事なタカをなくしてしまったよ」
「いいえ、そんなことない。きっと帰ってくるわ」
うわごとを話すオジオン。夜明けに鳥の群れの羽音で目を覚ますテナー。家の周りを一周しただけで去って行った。
ル・アルビの村から次々と人がやって来て、何かオジオンのために出来ることはないか、とたずねた。
多少具合が良くなったオジオンは、子供の名前を聞き、その名前では皆があの子を恐れるようになるだろう、と言う。
もう、今でも恐れている、とテナー。
そしてオジオンは「あの子に何もかも教えてやってくれ!ロークではだめだ。なぜ、わしはお前を行かせた?なぜ、お前は行った? あの子をここへ連れて来るためだ。だが、遅すぎただろうか?」
やさしく介抱するテナー。それからぐったりとして、昼の間眠り続けるオジオン。
夕方近くなって目覚めたオジオンは、起こしてくれと頼んだ。何とか起き上がれそうだったので、手を貸すテナー。
テルーがその後ろ姿を真剣に見ていた。
数歩歩いて止まり、を繰り返して森に入って行く二人。
ブナの大きな幹の根元に腰をおろしたオジオン。
長い間目を閉じていたオジオンだが、やがて西の空を見上げると「竜か・・・」と呟いた。
日が沈み、風も落ちた。
「終わったよ」「何もかも変わった!変わったんだよ、テナー!待ってごらん、ここで待ってごらん、あと・・・」
最後にオジオンはテナーに自分の名をあかし、息を引き取った。
テナーは、死者としばらく座っていたが、やがて立ち上がると、人を迎えにおりて行った。
ル・アルビの領主付きの魔法使いと、ゴント港からの魔法使いが別々に登って来る。
オジオンの葬送の儀式は、村付きのまじない女のコケばばが行った。通夜に呪文を唱え必要な事を行った。
埋葬の儀式のために来た二人の魔法使い。
市中の墓に葬りたかったと愚痴る、港から来た魔法使い。
テナーが、この人の名前はアイハルと言って、ここに眠ることを望んでいました、と話す。
「あんたは誰だね」とゴント港からの魔法使いが聞く。
領主付きの魔法使いはそっぽを向いている。
腹立ちまぎれに、それを明かすのがおまえさま方の仕事、と言ったテナーにいきり立つ魔法使い。
一応テナーが謝った時、コケばばが、オジオンはこの人が来るのを待って死んだ。そしてわざわざここまでのぼって来て死んだのは、ここに埋めて欲しいから、と引き継いだ。
魔法使いがオジオンの本名を忘れていたのに再び驚くテナー。
アイハルという名を再度告げ、墓はここに作るようにと念押ししてテナーはそこを去った。
4.カレシン
オジオンの家で部屋の片付けをするテナー。ひびの入った皿、穴の明いた鍋を見て胸を痛める。
中谷に残して来た羊と果樹園の世話は二組の小作人夫婦(シャンディとスンダガワ、ティフとシス)に任せ、しばらくはここに留まろうと考えたテナー。
毎日モモの木の実を見ていたテルー。とうとう「ふたつ、真っ赤よ」と告げた。二人でそれを食べる。その種を植えたテルー。
こちらに来てどんどん変化したテルー。ヤギ飼いの娘、ヘザーに気を許す。ヘザーはテルーの外見を全く気にしなかった。それからコケばばも大丈夫だった。25年前、オジオンの養女で弟子の立場としてここに来た時のテナー。女たちからは特権階級の人間と思われていた。
大巫女の位にあった時もそうだった。
オジオンが差し出す学問や技からも身を引き、百姓の女房になった。ヒウチイシの女房ゴハ。
男を受け入れ、子を産み、パンを焼き・・・・
初めは好奇の目があったが、テナーが年をとって来ると、男たちの目に入らなくなっていた。
コケばばは、テルーとはうまく行っていた。
他愛もない昔話も教えていた。
このままテルーに、コケばばがいろいろ吹き込むのを放置していいか判断出来ないテルー。
オジオンはこの子を見て、みんなが恐れるようになるだろう、と言った。自分自身もこの子を恐れている。
「ゴハ、竜ってなに?」テルーが聞いた。
コケばばに聞いたの?と聞くと、ゴハが教えてくれたという。竜と人が同じものだった頃の話を以前してやっていた。
テナーは、家のある高山台地の外れに腰かけて海を見ていた。
西の方から一羽の鳥が飛んで来る。かなりの高空を飛んでいる。
それから目が離せなくなったテナー。
いよいよはっきり見えだしたのは、赤い翼の竜。
テナーの居た岩棚に降り立つ竜。「アビヴァレイブ、ゲド」と言って首をぐっと下げた。竜の背で眠っている男。
再び竜が声を上げるが、男は動かない。
「ソブオリスト」と竜の声。オジオンから教わった天地創造の言葉。上れという意味。竜が足で形作った階段を上ってテナーは男の腕を取る。男の顔が見え「さあ、起きて、ゲド、さあ」と言うテナー。
男は立ち上がろうとしたが、竜の背から岩の上に落ちた。
竜は体の向きを変えて「テッセ カレシン」と言い、それに「テッセ テナー」と返すテナー。
舞い上がり、去って行った竜。
男の体を何とか崖から遠ざけ、ヘザー、コケ、テルーを呼んだ。干してあった帆布に男を乗せ、何とか家まで運び込む。
この人がハイタカだと言う、テナーの言葉を否定するコケ。だいたいどうやってここへ来たのかと聞くコケに、竜が飛んで来たことを誰も知らないの、と驚くテナー。
コケは、これはいたずらだと言う。大魔法使いが死んだから、悪さをする者がたんと増える。
しつこく否定するコケを言葉でやり込めると、テナーは火を起こしにかかった。とにかくやるべき事をやらなくてはならない。
5.好転
眠り続けるゲドを見つめるテナー。
もうお葬式はたくさん!とテナーは思った。
翌朝目覚めたテナーは、娘のリンゴの事を思い出していた。そして息子のヒバナ。姉と五つ違い。幼い時は気管支炎で虚弱だったが、成長して丈夫になった。十三で名付けが済むと、商船の乗組員として海に出た。ここ三年会っていない。
父親の死も知っているのか、いないのか。
テルーが起きて来て、眠っている男を見つめている。顔についた四筋の白い傷あと。「やけどしたの?」
モモを取りに行かせるテナー。
コケばばがやって来た。この頃、灯心草の茎を使ったカゴ作りを教わっていた。その合い間にいろんな話をする。
時折りハイタカの様子を見ながら、コケばばとの話を続けるテナー。
アチュアンでの話をする。巫女になるよう育てられた。宦官に守られ、女だけで固まって暮らしていた。宦官を知らないコケに「去勢された男」と言うと悲鳴を上げた。
そのうちの一人マナンは、ことのほか可愛がってくれた。だがそのマナンを殺してしまった。
今まで、宦官のことなど闇に葬り去ってしまっていた。
次の日になって、ゲドはようやく目を覚ました。コケは、看護の腕は良かったが、ゲドの弱り方を見て、死ぬものと思っていた。
二口、三口スープを飲んだだけのゲド。
翌日ゲドは目を覚ました時、悲鳴を上げた。落ちると思ったのか。そっと声を掛けるテナーに「テナー」と一言言った。そしてまた眠る。
コケばばは毎日来て、薬草の煎じ薬をゲドに飲ませ、ゲドもまたコケばばをちゃんと名前で呼んだ。
まもなくオジオンの事を聞き始めるゲド。十日前に亡くなったことを告げる。そしてゲドが四日前の夕方に来たことも。
二人でアチュアンからこちらにきてから、もう二十五年が経っていた。
「はてみ丸は今どこ?」突然聞いて自分でもびっくりした。「セリダーほどにも遠いところに・・・」
「じゃあ、あなたはセリダーからカレシンに乗ってやって来たわけね」
ゲドはカレシンと聞いてテナーを見つめる。そして訂正。
「セリダーからロークへ戻って、そのあとロークからゴントに来たんだがね」
テナーは、ゲドがまた、船か竜が来て連れ去ってしまうのではないかとの危惧を口にした。
「ロークからは誰も来ないと思う」
ロークからは誰もやって来なかった。大賢人がこんなに長く放っておかれる事が不思議だった。
ル・アルビの領主の館からも誰も来ない。領主とオジオンの関係は良くなかった。人を寄せ付けない領主。今女はおらず、年老いた領主とその孫、ロークの学院から雇い入れたアスペンという魔法使いだけ。
数日後、畑で話をするテナーとゲド。亡くなる時アイハル(オジオン)が「何もかも変わった」って言った、とテナーが言うと「一つの災いにはけりがついた。そして・・・」
と言いかけてゲドは25年前、テナーとハブナーに帰って来た時の事を話した。腕環を持ち帰り、エレス・アクベの塔に戻した。
「予言は成就された。平和な日々が来た。彼は・・・彼は私を死の世界から生の世界へ連れ帰ってくれた。エンラッドのアレン。
彼は本名のレンバネンを名乗ってアースシーの王になった」
「今はハブナーに王がいるんだ!」
「よくやったわね!」ゲドが泣くのを見るのが耐えられなくて、仕事に戻るテナー。
6.悪化
コケばばと薬草を探して、毎日疲れ果てて帰るテルー。疲れすぎて眠れないテルーを抱いてあやすテナー。
テルーのやげどをしている方の顔は、ひどいケロイドになっている。右手の指も親指以外は固まっている。
テルーをベッドに移し、家の外に出るテナー。
丁度ゲドがこちらにやって来るところだった。
テルーの事を頼んで散歩に出るテナー。
なぜ自分がここに居るかを考えるテナー。オジオンに言われて待ったら、竜がやって来た。
そしてゲドは、今では元気になった。もうここに用はない。
部屋に戻ってゲドに、そろそろうちに戻るべきだと思うの、と話すテナー。しばらくの沈黙の後、ゲドはオジオンの本を持って行って欲しいと頼む。
あなたに残したのよ、と返すテナーに、私にはもう力がないんだよ、出し尽してしまった、と話すゲド。
乾ききった土地に、コップ一杯の水をそそぐように。
死の世界から戻って来るなんて、たいへんな事。時間も、休養も、静けさも、沈黙も、もっと必要。傷ついたんだもの、癒されなくちゃ。
「あの子どものようにとでも?」鋭すぎて、ほとんどそれと感じない言葉が、テナーの心に突き刺さる。
「なぜ癒されないと知っていてあの子を引き取ったのか」「そうするしかなかったから。私が自分の敵に会いに行ったように」
高い夜空に星が見える。故郷アチュアンではテハヌーと呼ばれていたものだった。
ゲドは自分の言ったことを謝罪したが、寝るから部屋の外に出てくれ、と追い出すテナー。
そして服を脱いでテルーの横に滑り込む。
「この子の将来が判っていて・・・か」ゲドならテルーを治せると思っていた。
でも決してこの子がいけなかったんじゃない。
コケに教わりながら、テルーが草かごを作っているが、ハイタカに気を取られているのに気付くテナー。
巣から出たばかりのチョウゲンボウがネズミを追い立てようとしていた。ゆっくり手を上げて何かを言ったハイタカ。チョウゲンボウは一鳴きして飛び去った。それを突っ立ったまま目で追うハイタカ。
オジオンが以前、ゲドがハヤブサになって帰って来た事を話していたのを思い出すテナー。あれの中にはタカが住みついていた。
7.ネズミ
羊の仲買人のタウンゼントが訪ねて来た。
オジオンのことづてを伝えた男。
この家にあるヤギの商談を持ちかけて来た。
話のついでに、ゴント港にハブナーからの大きな船が来ているという。
商談がまとまらないまま、タウンゼントが帰り、テナーは改めてゲドと自分の事がどう村人たちに思われているか、気になり出していた。
野菜畑でゲドを見掛けて何気なく「ハブナーの市から船が来てるそうよ」と声をかけると、ぎくっとした様に身構えるゲド。
まるでタカに気付いて逃げようとするネズミ。
「無理だ、会えない」「会えないって、誰に?」「王からの使いの者だ」
両手で顔をおおうゲド。
何とかして話をそらすために、見つけたワインを飲もうと持ち掛けるテナー。どうでもいいおしゃべりを続けながら、注いだワインを差し出した。
ワインを一杯飲んでから、自分はここから出て行くのがいいと思う、と言うゲド。どこへ行くにせよ、今のゲドでは危ない。
「向こうが真っ先に来るのはオジオンの家」「来たらどうだっていうの?」「もとの私になれ、と言われる」
その言葉で、アチュアンの大巫女を投げ捨て、テナーになった事、子供も出て行き一人になって、少しづつ年老いて行く事を思ったテナー。だがゲドの無念さや屈辱までは判らない。
テナーは、オジオンがテルーの事で最後に言ったことを話す。
あの子に何もかも教えてやってくれ。
私、ゲドか来る、来たら判るって思ってた。
あの子に何を教えたらいいか。
「私にもわからない。ただ、あの子にひどいことが行われたのは見てとったが、邪なことが」
戸口で音がして、とたんにゲドが身構えた。
少しドアを開けるとコケばば。「港から立派な身なりの人たちが来たそうで、大賢人の後を追って来たとか」ハイタカがコケの前に出る。
「連中は私の家には来やしません。よかったら、さあ」とコケばば。
そのまま付いて出るハイタカ。
ヘザーとテルーの夜食を準備しようとしていた時に、正装の男たちの来訪を受けるテナー。
王のもとから来たという五人の男。レバンネン王の戴冠式のため、ハイタカ様を探していると言った。
あの人はここには居ません、と言い、どこにおられるか、との質問にも「さあ、それは・・・」
状況を更に詳しく話す者たち。だがテナーの返事は同じ。
男たちが去って、ヘザーとテルーが顔を出した。
「あの人たち、ハイタカに何をするの?」テルーの言葉に決心するテナー。
神聖文字の本の最後の空白ページを切り取り、四半世紀書かなかった文字で、手紙を書いた。ヘザーに託そうとしたが、テルーが「あたしが行く」と言った。必ずハイタカに渡すのよ、と言って送り出すテナー。
8.タカ
テルーがハイタカの「今夜発つ」との返事をもらって帰って来た。
ハイタカがなぜ逃げなくてはならないのか。理不尽な思いのテナー。
そこへコケばばがやって来る。ハイタカはさっき発ったという。道中で食べるよう、パンとチーズも持たせたのを聞いて感謝するテナー。
コケばばと話す、魔法使いに関する問答。ばばの長年の経験に多少の敬意を払うテナー。
テルーは、村に行って機織りのオウギを訪ねる。布きれを分けてもらえないかと考えていた。
オウギはほとんど人と付き合わず、隠者のように暮らしていたが、テナーには優しかった。目がほとんど見えず、今は一人だけ居る弟子に織らせていた。
オウギは客を歓待してくれた。
テナーは豚のエサの残飯を提供する代わりに、子供の服の布地が欲しいと申し出た。喜んでリンネルを引っ張り出すオウギ。
だが機を織る弟子は機嫌が悪い。
帰り道で、テルーが機を織る姿を想像するテナー。人目にさらされずに仕事が出来る。そんな事を考えたが、あの右手では杼は投げられない。
家の近くでテルーを呼ぶが、返事がない。あらゆる所を探し、コケばばのところへも行ったが見つからない。次々と悪い予想が巡る。
探し疲れ、台所でテナーが水を飲んだ時、ドアの陰で杖が動いた。ちぢこまって、子犬ほどにしか見えないテルー。震えながらしがみつくテルーを抱いてゆすり続けるテナー。
「あの人がここに来たの」最初に思ったのはゲドの事。
でもそんな筈はない。改めて聞くテナー。
「男ね。革の帽子をかぶった男ね」頷くテルー。「あの四人、覚えているでしょ?あのうちの一人?」
「テルー、あんた、知ってるんじゃない、あの男」「うん」「川のそばで一緒に暮らしていたの?」頷くテルー。
テルーと一緒に食事を食べ、テナーは二人でコケばばの家に行った。
家に隠れていた事を話すと、そうでしょうとも、と返すコケばば。
探し出しのまじないをかけた時に、別のものが見えたようだ。
明日、領主の館に行きたいから、あの子を預かって欲しいと頼むテナー。
9.ことばを探す
牧草地で草刈りをしている男女。
テナーは革の帽子をかぶった男の事を聞いた。
ヴァルマス近くから来た男だ、と女が答えた。
そこに領主の館の魔法使い、アスペンが待っていた。
男の事を聞こうと思ったが、それは止めて、雇い入れた男の中に悪い事をした者がいる、と文句を言った。
テナーに対する軽蔑を見て取って、ゴハの声で「失礼しました。どうかお許しを」と立ち去ろうとしたテナーに、「待て!」と制止するアスペン。
「あんたはここに不和の種を撒きに来た。あんたにくっついて歩く小汚い鬼っ子。あの魔法使いの遺体の前で俺に挑みかかった。いいか、ばばあ。もし俺の意思に逆らうような事があればル・アルビから追い出してやる!」
「あんたみたいな男の言うことなんか、判ってたまるもんですか」と言い返すテナー。
だが背筋がぞくっとして振り返ると、アスペンが杖を出して魔法をかけようとしていた。ゲドが魔力をなくしたので、皆なくしたと思っていたのは間違いだった。
その時「おやおや、どうしたことで」とハブナーから来た使者のうちの二人が助け舟を出した。
「この方は、エルファーラン以来、女は誰一人はめた事のない腕環をはめた方だから、敬意を表していただきたい」とアスペンに聞こえるように言って片膝をつき、テナーの手を取った。
憎しみがこみ上げるアスペン。
「ここにいる友人が私を放してくれるまで、少しだけ待って下さい」と言い、そこを立ち去るテナー。
あの二人は避難所そのものだった、と感謝するテナー。
だがその後アスペンと使者が仲良く話しているのを見て、水を差された気になるテナー。
ハブナーからの使者は領主の館に数日滞在した後、帰って行った。あれ以来テナーに聞くこともなかった。
テナーは、これからどうするか決めなくては、と思っていた。
アスペンとハンディは脅威。だが中谷に戻れば、自分はただのゴハになり、オジオンを失う。
チーズ作りだけは済ませようと作業を続けた。
コケばばに頼んでいた館の情報。三年前までは領主とその孫が住んでいたが、孫の母親が亡くなってすぐアスペンがロークから派遣されて来た。それ以来、孫は生気を失い、病気の赤ん坊みたいだという。仕えている者の話では、アスペンが孫の命を吸い取って領主に与えているとの事。ハンディの事はどこからも情報がなかった。
ある日、テルーを連れてオウギの所へ行った帰り、体の震えに気付くテナー。家に帰ったとたん、誰かが家に入ったと知る。頭が混乱して、ハード語ではものが考えられない。
カルガド語でなら何とか考えられる。
幼い頃のアルハに頼って考えようとした。
ヘザーに、ヤギはもうあんたにあげるわ、と言おうとしたが、言葉が出ない。あろうことか「このバカが!アホで脳たりん女が!」と口走り、慌てて手でふさぐ。身振り手振りで何とか意思を伝えるテナー。
テルーと一緒に出掛ける準備を始めるテナー。
二人はそれぞれ、ここに来る時に使った杖を持って家を出た。
テナーは、ここに来た時に使ったのとは違う道を通ってゴント港に向かった。言葉も次第に戻って来た。
ゴントの港町に着いた二人。15マイルを歩き通しで疲れ切っていた。
人の群れを縫って歩いた。市街から南に向かう道を聞こうと女に近づいた時、テルーが身を隠すようにテナーにしがみついた。
そちらを見ると、革の帽子をかぶった男が近づいていた。テナーは、テルーの腕をつかむと足を速めた。
目指す船は、桟橋の向こうに停泊していた。うしろを振り返ると、男はすぐあとをつけている。
テナーは桟橋に飛び出すが、テルーが転ぶ。それを抱き上げて何とか船のデッキに渡してあるタラップに辿り着いた。
頭の禿げた船員がそれに気がついて声をかけた。
「こ、この船はハブナーから?」「ああ、王様のいる市からだが」「乗せてください!」
それは無理だ、と言った船員だが、すぐ後ろから近づく男に目をやった。
「逃げなくてもいいじゃないか」ハンディが言い、手をのばして来た。
「この人に何の用だ?」別の若い船員が来て言った。「こいつ、俺んとこの子どもを取ったんだ」とハンディ。口がきけないテナー。
だが若者の顔をみているうちに、やっと言うべき言葉が見つかった。
「お願いです、この船に乗せてください」若者は、テナーの手を取り、船のデッキへと引っ張り上げた。
ハンディはそのまま止め置かれた。
デッキにへたり込んだテナーだが、子どもは手放さなかった。
10.イルカ号
男ばかりの船内で、テルーはマントを毛布がわりにして、いつの間にか眠っていた。
若者がテルーの方に近づいた。「アチュアンのテナーと申します」と挨拶し「王でいらっしゃるのでは?」と続けたテナーに、彼が「エンラッドのレバンネンと申します」と名乗った。
私のところへ来て下さるところだったのでしょう?という若者の言葉に、あの男から逃れて家に帰ろうとしていたと話すテナー。
アチュアンへ?という問いに、とんでもない、中谷の私の農園と答える。最寄りの港はヴァルマス。
そちらに送りましょう、と答える若者。
王はテナーをキャビンに導き、ワインと果物、パンを勧めた。
そのおかげで何とか正気に戻ったテナーは、今朝からの出来事を話した。
必要以上のことは聞かなかったが、農園に帰ってからも大丈夫か、という気遣いをするレバンネン。
そっと王の様子を窺うテナー。若者にしてはあまりにも悲しげだった。
「あの人を探しにいらしたんですね。大賢人を、ハイタカを」
「ゲドを」私たちの間では真の名前でいきましょう、とレバンネン。
レバンネンは、ゲドの魔法使いの力が消え失せたことが信じられなかった。
「でも事実なんです。あの人は傷が癒えるまで一人で居たいと思っているんです」。
レンバネンは、ゲドと共に超えた山脈の事を話した。
そして自分の手を見た。ゲドの傷付いた手を思い出すテナー。
船上でロークの風の長を紹介されるテナー。あの方を昔からご存じですの?と聞くテナーに、ローク学院に来た当時の事を話す風の長。
現在、大賢人がいない状態。長が集まり、不足の一人はレバンネンが補って賢人会議を開いたが、どうしても決まらない。そんな中で様式の長が「ゴントの女」と言ったのを名付けの長が聞いた。様式の長は、それを映像で見たという。
そんな経緯で彼らはゴントに来なくてはならなくなった。
彼らは「ゴントの女」がテナーの事ではないかと考えたが、種々考えてそれはないとの結論。
結局アースシーには目下のところ大賢人はいない。でも、とにもかくにも王様はいてくださる、と結ぶテナー。
陽が傾く頃、船はヴァルマスの港に入った。息子が船乗りをしている事をレバンネンに話すテナー。
王と話す機会はもうない。テナーは話し出す。
ゴントにそういう女がいるなんて考えられない。そしてその女をみんなで探すという事も。
「かも知れませんね」静かに答える王。
息子に聞かれた時のためにこの船の名前を聞くテナー。
「イルカ号といいます」
最後に、ル・アルビに来たような者がまたやって来るのかを訪ねるテナー。私が止めます、とレバンネン。
ただし新しい大賢人、様式の長が、幻に見た女を探すために来るかも知れません。
11.わが家
ヴァルマス中の人々が、ハブナーからの船を見ようと港に来ていた。そして若き王に手を引かれて現れた女と幼い少女。人混みの後ろからその姿を見たリンゴは、母親を見て仰天する。
船を降りる前に、テナーは王からの抱擁を受け、テルーへの抱擁では、王が跪いた。
イルカ号は去り、その時になってようやくリンゴがテナーに声をかけた。
リンゴ夫婦の家で一晩を過ごすテナーにリンゴは言う。神聖文字も、腕環の話も、たくさんある歌の一つだった。だけど、あれ、本当に母さんだったのね。
村に帰るとヒバリの抱擁、そして質問攻め。しみじみと故郷に帰った喜びを味わうテナー。
賑やかなヒバリ親子が帰り、シャンディと洗い物をしている時に、先月こちらに送り込んだ男の事を聞くテナー。
タカとかいう人でしょ、と思い出したシャンディ。山の上で羊番をしているという。ここでは仕事がないから、とスンダガワが農園をやっている人を紹介したら、自分で話をつけてすぐに行ったという。秋になったら山から降りて来るという。羊なのかヤギなのか、本人も良く判っていない。
会えると思っていただけに、ほっとしたと同時にがっかりもした。でもその方がよかった。
農園での生活が戻り、忙しい毎日。
秋分の日が来て、その日が若き王の戴冠式である事を思い出すテナー。あの若者に冠を乗せるのは、やはりゲドだった筈、と思う。
当のゲドは雇われで山の上、羊だかヤギの番をしている。
村に行く時、テナーはツタばあさんの家のわきを通る事にしていた。ル・アルビでコケばばを知ってから、こちらのツタの事も知りたいと思った。
相変わらず冷たいツタだったが、テナーの示す敬意はつんつんしながらも受けた。
秋の終わりに、まじない師のブナノキが、金持ちの農家に呼ばれ、しばらく滞在した折りに、テナーの農園を訪れた。テルーの様子見とテナーとのおしゃべりが目的。ブナノキはオジオンの孫弟子で、オジオンを心底から尊敬しており、彼の事は何でも聞きたがった。
ブナノキからの情報。
新しい王は行動的で、この地域の役人を、立派な人かどうかの吟味を行って運営するよう指示している。一方従来からヒーノ公という海賊のパトロンが、今までゴントの代官、海の保安官らを意のままにして来た。そういう勢力に立ち向かう者も出始め、時代が変わりつつある。
「何もかも変わった」というオジオンの遺言を伝えるテナー。
ブナノキは話をテルーに向けた。他の誰がやっても、今以上にはならない、とテナーを称賛。だが不安な気持ちを隠せないテナー。怯えてばかりして暮らしていたら、いずれあの子は誰かに危害を加える。
ブナノキは、あの子に才能があるのなら、まじない女としての正式な魔法の訓練をさせてはどうかと提案。
「何もかも教えてやってくれ」というオジオンの言葉を思い出すテナー。だがツタの手ほどきを受けては?という言葉には強く反発。
敏感なブナノキは言葉を選んでツタを弁護。
夕食を終えたテナーとテルー。糸紡ぎを始めようとするテナーにお話しをねだるテルー。「陸地のお話」がいい、とテルー。
お話が終り、テルーを寝かせると、暖炉に戻ったテナー。火の具合を見ている時に、家の裏手で音がした。
再びドシンと何かがぶつかる音。火かき棒を持ったまま裏に向かう。
冷蔵室の入り口に立った時、その窓がこじ開けられるような音と、小声でささやく男たちの声。
鍵をかけようとして却って大きい音を立ててしまい、男たちがやって来る音がする。
よろい戸を挟んで対峙するテナーと男たち。
「この男が自分のチビちゃんに会いたいんだよ」
何とかしなくては。台所に飛び込んで肉切り包丁を掴むと、かんぬきを抜いてドアを開ける。
戸口に仁王立ちになると「さあ、どこからでも、かかっておいで!」
その直後、わめき声が聞こえて、じきにあえぎ声に変わった。「気をつけろ!」「こっちだ、こっちだ!」の怒鳴り声。
その後ふっつりと静かになった。
闇に慣れた目に、倒れている黒いものが見える。あえいでいた。その先でさっと動く影。
「テナー!」「止まれ!」「テナー、私だよ、ハイタカだ!」
戸口の明かりで浮かび上がったのは、熊手を持ったハイタカ。
ハイタカが倒れた男を台所に運び込んだ。熊手の四本の刃のうち三本が腹に刺さった。シーツとリンネル類で応急処置をする。
ゲドの話。山から降りる途中でうしろから人声がして道をそれた。その男の一人が「かしの木農園」と言うのを聞いて後をつけ
て来た。ずっと子どもの事を話していた。取り返すって。あなたの事も仕返しするって。
だがこの男はハンディではない。
残りは二人。逃げて行ったという。
どうすればよかったのか、堂々巡りの会話。
夜があけたらこの男を運び出す事にして、その日を終えた。
12.冬
テルーとの朝食を終えた後、スンダガワとゲドが帰って来た。昨夜の男はゲドがツタのところへ運んでまだ生きている。その他に一人畜殺場跡で殺されていて、その犯人は明け方納屋で見つかった。
連中は山の中で女を殺していた。その死体を畜殺場跡に置いて来た。今まで男たちが女に乞食をさせて生活していた。
その後テナーの家に向かった。
捕まった男二人は酒蔵に閉じ込められている。
一段落して汚れた靴を脱ぐと、暖炉の前に座るゲド。
「テルーの母親だったのね」と聞くテナーだったが、ささやく様な声しか出ないゲド。
疲れのひどいゲドは、テナーに促されてベッドに向かった。
事件を知って、ヒバリを始め多くの友達がやって来た。事件の説明をするテナー。テルーが駆け込んで来て、ヒバリに抱かれる。
どこの人なの?と聞かれてテナーが名前を挙げる。男はハンディ、シャグ、ヘイク。女の人は確かセニーとか。「セニニ」と訂正するテルー。
生き残った男たちもいずれくくり首になると聞いても反応のないテルー。
ヒバリが、助けてくれた羊飼いの話を聞いた。今までのいきさつを簡単に話すテナー。
ここに置くつもりなのね、との問いに「あの人がその気なら」
起き出して来たゲドにテルーが飛びついた。「天地創造」のいっとうはじめのとこ、知っている、というテルーは、それをゲドに聞かせる。
次の節をゲドが教えた。王様に会った時の話をするテルー。
テルーを寝かせてから話し合うテナーとゲド。
変わって行くテルーへの戸惑い。そして、ここに一緒に居て欲しいと頼む。「ここで働きたいな」
部屋にある二つのベッド。私はどちらに寝ればいい?とテナー。よかったら私の方に。
ふたりはその晩、暖炉の炉石の上で寝、そこでテナーは、もっとも知恵ある男でさえゲドに教えられなかった神秘をゲドに教えた。
ゲドが同居するにあたっての手続き。小作人たちへの報告。ヒウチイシ亡き今の相続人は、息子のヒバナ。だが当面はゲドが入っても状況に変化はない。
新たな生活は、特に違和感なく馴染んで行った。
その年の冬は長く、ゴントはたびたび大雪に見舞われた。
テルーにどういう知識を与えて行くか、この問題をゲドとテナーは話し合った。
ゴントの女、の言葉から、魔法使いがなぜ男なのか、女の力とは。話はあちこちに飛んでとりとめがない。
なぞなぞが判っていない。判っているのは「ゴントの女」という答えだけ。
ゲドは、レバンネンが王になった事は、ほんの始まりじゃないか、彼は戸口で番をしているだけじゃないか、と話す。
13.賢人
春の訪れ。王に抵抗していたヒース公は結局裁判所に送られた。
ハンディとシャグ、傷の癒えたヘイクも含め三人はその後裁判にかけられ、ガレー船送りとなった。
テナーとゲドは毎日忙しく働いていた。
そこにやって来たほっそりとした人影。ヒバナ!ヒバナじゃないの!。テナーが駆けだした。
「おやじは?」の問いに三年前に脳卒中で死んだ事を伝える。
テナーの出す食事をがつがつ食べるヒバナ。
「農園は誰がやってるの?」「それがお前に何の関係があるの?」「おれのもんだもん」
じゃあ、ここで暮らすわけね。「まあな」
テルーの顔を見てぎょっとするヒバナ。「なんだ、こいつ」
「テルーはあんたの妹よ、養女にしたから」母親を睨み付けて出て行くヒバナ。
夕方、ゲドとヒバナは別々の方角から帰って来た。ヒバナはスンダガワから事情を聞いていた。ゲドもこの事態について考えていた。
翌朝、ヒバナは朝食が食べたいと言い、当然の如くじっと座って待っていた。かしずかれるのを当然として。
ヒバナはスンダガワとティフのところでおおかたの時間を過ごした。
テナーはみじめな思いをする事が多くなった。
ヒバナは海に戻る事を怖がっている。そしてゲドに嫉妬している。
それをとりなすゲドだが、息子が情けなく、恥ずかしいテナー。
それにテルーに対する辛らつな態度にも許せなかった。
私だったら、またヤギ飼いになって出て行ってもいいんだよ、とゲドが言う。だったら私も行く、とテナー。
翌朝、ヒバナは早く起きた。ティフと釣りの約束。食事の後、テナーがテーブルの片付けをヒバナに命じるが「女の仕事だろ」
と無視するヒバナ。
「今となっては、もう、だめね」とテナー。
その日の仕事の終わりに、ヒバナが誰かと話している。テナーが、羊の仲買人のタウンゼントだと教えた。近づいて来たタウンゼントが、だんなと羊の話をしに来た、と言う。そしてコケばばの具合が悪い事を伝えた。死ぬ前にあんたに会いたい、とも。
夕食の準備をしながら、テナーはゲドとテルーに「私は行かなきゃならない」と伝える。「もちろんさ」「良かったら三人でね」
夕食が終わると、テナーはヒバナに、明日の朝ル・アルビに三人で行くと宣言。家の財産の説明をし、金貨三枚だけは、自分の才覚で得たものだから持って行くと言った。
朝まだ暗いうちに農園を出た三人。ゲドが知っている道を歩き、険しい上り坂を超えて行った。
その晩野宿し、翌日まだ明けきらない時にゲドは起き出していた。続いて起きるテナー。キスをする二人。
テルーを起こして出発。今日はル・アルビに着く。コケばばを心配するテナー。
ゲドは足取りも軽く歩くが、テナーは頭がぼうっとして来た。なかなか足が進まない。ル・アルビの家々の屋根が見えて来る。
右の道なりに登れば領主の館だ。こっちね。
「だめ」子どもは左の村の方を指さす。
「こっちよ」構わず右の道を進むテナー。後に続くゲド。
進んで行くと、男が館の方から道を下って来た。見覚えはあるのに名前が思い出せない。
「ようこそ!」と言って二人に笑いかける男。
ゲドに大賢人さまと言い、テナーにはアチュアンのテナーさまと言って頭を下げる。つられてひざまずくテナー。だが更に手をついて、しまいには口まで地面に押し付けていた。
「さあ、這え」言われるように這うテナー。止まれ、と言われて止まる。
「口はきけるか」と言われてもテナーは喋れなかった。ゲドは「大丈夫だ」と言う。
男は、ゲドが魔法使いの能力を失っている事を知っていた。
そして王を嘲笑し、女を探し回っていると罵った。
「四年前、ロークでの私の名前を憶えているか?」「そなたはアスペンと呼ばれていた」
アスペンが聞く自分の真の名を知らないと聞いて、ゲドに大魔法使いじゃないという言葉を何回も言わせる。そして自身の事を大魔法使いだと言わせた。
領主の館へ入って行く三人。テナーはその間、全て四つん這いで歩かされた。男はテナーをビッチと呼んで蔑み、男たちにペットだと言って紹介した。転がってみろと言われ、その通りになる。
首に輪を嵌められ、部屋に連れて行かれたテナー。小便と肉の腐りかけた臭い。泣き叫ぶ声。私の子どもだ!
14.テハヌー
左に折れて歩いた子どもは、途中で気付いて連れて行かれた二人を追った。子どもはアスペンの真の名イライズンを知っていた。イライズンは二人を中に入れて閉じ込めてしまった。
子どもは全速力で走り、オジオンの家を過ぎて崖の外れまで行き、ある名前を呼んだ。そしてまた走ってコケばばの家に行った。
コケばばは、自分には呪いがかかっているから来てはだめだと言ったが、構わず触れる子ども。
わしを名前で呼んでおくれ、と言われて「ハーサ」と答える。コケはずいぶん呼吸が楽になった。
眠りにつくハーサ。そのかたわらで子どもも眠りについた。
夜が明けると、アスペンがテナーを引き出しに来た。歩かされ、首に巻かれた紐が別の男に渡された。大好きなあの男。だが名前も判らない。三人の後を数人の男が続く。
一行は崖まで行き、その淵ぞいに歩いた後、狭い岩場に着いた。
テナーは崖の淵に立たされる。男が突き落とし、その後男自らが落ちる事になる。
アスペンが、テナーに言いたいことがないか尋ねた。
黙って空の一点を指すテナー。うろこのある体をくねらせて、あの竜がまたたく間に飛んで来た。
口が自由になり「カレシン!」と叫び、次の瞬間ゲドの腕をつかんでしゃがませたテナー。
その直後、炎が二人の頭上をかすめた。岩の上に舞い降りる竜。
ゲドが竜のことばで「礼を申す」と言ったのが理解出来たテナー。
そこに走って来るテルー。子どもを抱きしめるテナー。
「テハヌー」と竜が声をかけると「カレシン」と応える子ども。
ゲドが立ち上がって「最も年多き者よ、誰がそなたを呼んだか、わかったぞ」
「そうよ、あたしが呼んだの」「だってね、セゴイ、他にどうしたらいいか、判らなかったんだもの」
「子どもよ、よくやった」と言い「わしは長い間そなたを探していたのだ」
「行かない?」と言ったテルーだが、テナーたちが行けないと知ると、自分も残ると竜に伝えた。
「やがて迎えに来る」と言って去って行く竜。
「テハヌーか。あの子はその名を天から与えられていた」
コケばばの家で、彼女の手当てと家の整備を済ませた。
すっかり疲れ切ったゲドは眠り込む。その隣に座るテナー。そこへ来た子ども。「ああ、テハヌー」眠そうに呟くテナー。
「家は大丈夫だった?」「うん、でも、からっぽ」
「これからあそこで暮らさない?」今後の希望を話すテナー。
感想
舞台は、前作でゲドとアレンが旅を始めた頃のゴント島。
テルーという少女。瀕死のところを助けられ、テナーに育てられる。
次第に明らかになる、テナーの歩んだその後の人生。魔法からは手を引き、農家の女房として生きて来た。あれから25年。
死が近づいたオジオンを看取り、その後ゲドとの再会。
魔法使いとしての能力を完全に失ってしまったゲドは、痛々しいというか、ごく普通の初老の男として描かれる。
中盤まではテナーとゲドの愛の物語。愛とは言っても、ゲドはもう50代。そこに激しさはないが、人生の大きな転換に自分を引き込んだ男と、25年ぶりに再会したテナーの心のときめきを、女性作家ならではの言葉で表現する。
これが少年少女向けとは・・・・言えんわな。
そこにテルーに迫る不穏な者たちを織り交ぜ、緊張感を維持する。
最後十数ページの大ドンデン返し。これには読んでてびっくり。
テルーには何らかの力があるという示唆はあったが、まさか竜の子供だったとは。
いかにも唐突だが、要するに遠い祖先では、人と竜は同じものだったという前提に立てば、まあナットク。
シリーズは、この4巻までで終わりと思われていた(副題に「最後の書」)が、11年後に「アースシーの風」が刊行された。