原題:2001: A Space Odyssey
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「夏への扉」を読んだ関係で、SF再発見としてクラークの「宇宙の旅」シリーズ読破を計画。
感想
映画は、確か公開10年後の記念上映を観たのが最初で、その後TV放送されたものやレンタルで何回か観た。映画レビューはコチラ
小説の方は、今持っているのが昭和60(1985)年発行の第32刷となっている(この時期に書店で購入)
読んだのは35年前。小説としての記憶はほとんどなかった。
今回再読して、映画との違いを十分に認識した。
類人猿とモノリスの接触、そして月に埋められたモノリスの件も映画とほぼ同じ流れ。
ボーマンとハルとの攻防が若干異なる。映画では投げ出されたプールを追ってボーマンが外に出、HALに締め出された結果、ポッドから直接真空中を手動ハッチに飛び込む。
さすがにこれは演出がキツいので、原作ではハルが二重扉を開いて空気を抜こうとしたのに対し緊急避難室に逃れて助かる、としている。
また映画では木星軌道上にモノリス(TMA2)がいるのに対し、原作では土星の衛星ヤペタス(イアペトゥス)に立っている。
映画ではボーマンがモノリスに飲み込まれて光の洪水を通り、その後ネガポジ反転の荒野を通ったあと、白い部屋に辿り着く。
この辺りは原作もほぼ同じで、多少立ち寄るところが異なる程度。
白い部屋の演出としては、映画が難解な表現にしているが、原作ではモノリスを作った者が、地球のTV番組情報を使ってその部屋を作り出した、といたって現実的な表現を取っている。
問題は最終の場面。
老人となったボーマンが眠りにつき、その後目覚めてスター・チャイルドとなって地球を見下ろしている、というのが映画。
原作では、スター・チャイルドが地球を見下ろすという図式は同じだが、彼は地球から受けた核攻撃に対し、意思を送り込んで軌道を逸らせ、爆発させた。
全能の乳児という、究極の破壊者を描いて終わっている。
この最終章は短いので全文を記載してある。味わってほしい。
これだと「宇宙の旅」シリーズは続かないんだけどな・・・・
あらすじ
写真はストーリー展開に合わせて映画から借用
第一部 原初の夜
1 絶滅への道
旱魃(かんばつ)はもう一千万年も続き、恐竜の時代はとうに終わっていた。
不毛の大地で五十匹ほどのヒトザルの群れが、飢えの危険を抱えながら生きている。その中でもひときわ大きな「月を見るもの」
同じような群れは他にもいた。小ぜりあいで威嚇し合う。イチゴを付けた枝を持ち帰ると雌が喜んだ。
ヒョウの唸り声が聞こえる。下のほら穴で誰かが犠牲になったが、これで数日は危険がなくなる。
2 新しい岩
深夜、引っかく様な音に目覚めた「月を見るもの」は、その音を目指して歩き、長方形の厚板を見つけた。
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自分の身長の三倍ほどの高さ、幅は両手を広げたほどの石板で、透明な物質で出来ていた。これと比較できるものは見たことがない。
二、三回舐め、齧ろうとしたが失望し立ち去る。
空しい食物探しの末、帰路についたヒトザルたちはドラムの音に惹かれて石板に集まった。
石板の表面に出る輪の様な模様。見えない力が彼らの身体を走査し、反応を調べた。
石板に近い者から、操られるように長い茎に結び目を作る作業を始めた。それが他の者にも伝染。やがて「月を見るもの」に順番が回り、彼は石板に石をぶつけた。何度かの失敗の後、石板に当たった。喜びが満ち溢れる。それは群れの全員に行き渡る。石板は光を放った。
眠りから醒めたようなヒトザルたちは、棲家に戻って行った。
3 学校
透明な岩の魔力は消え、ヒトザルたちはそれを見たことをすっかり忘れた。
その晩再び石板は音と光を出して彼らを待った。だが相手にするのは有望な被験者だけ。「月を見るもの」もその中に入っていた。彼が見る石板に、ヒトザル夫婦とその子供二匹が映っている。飢えておらず、満足そうな姿。羨望の気持ちが湧いた。
その儀式は繰り返され、なかにはそれに耐えきれず倒れる者も出た。翌朝には、その死体は消えていた。
「月を見るもの」はそのレッスンに耐えていた。
イボイノシシの群れを見つけて立ち止まる「月を見るもの」。
今までイボイノシシとヒトザルは、利害関係を持たず、干渉し合わない仲だった。
彼の中に沸き上がった衝動。長い石を手に取って振り回した。自信がみなぎる。
石の槌が振り降ろされ、イボイノシシは倒れた。他のヒトザルたちも集まって、死んだ動物を叩き始める。
雌の一匹が血まみれの石を舐め始めた。飢えから逃れられるのに「月を見るもの」が気付いたのは、更に時が経ってから。
4 ヒョウ
彼らが作った道具類は簡単なものだった。石や、骨の棍棒。解体用のナイフ、鋸。ヒトザルたちは最初のチャンスを与えられた。
ある日、成熟したカモシカが前足を折って動けずにいた。狙っていたのはジャッカルの群れ。それに割り込んだヒトザルたちは、棍棒や石で獲物を殺した。
だがジャッカルどもが横どりしようと迫る。「月を見るもの」の天才が発揮され、獲物をほら穴に運ぼうとした。それを理解して仲間が手助け。
ほら穴の入り口に獲物は運び込まれ、祝宴が始まった。
その夜、血の匂いをかぎつけてヒョウがやって来た。ヒトザルたちは怯えてはいたが、かつての手も足も出ない状態ではない。
ヒョウに加えられる攻撃。反撃でケガ人も出たが、更に追い詰める。恐怖にヒョウはほら穴から飛び出すが、崖から落ちて死んだ。
翌朝、ヒョウは死骸で発見された。
5 夜明けの出会い
「月を見るもの」の群れが、ほかの群れがいる川辺に近づく。持っている棍棒や石の用途を知らないほかの群れは、追い払われた。
今や彼は世界の支配者なのだ。
6 ヒトの進化
透明な石板がアフリカにおりて十万年のちも、ヒトザルは何も発明していなかったが、確実に変貌を始めていた。他の動物にはない技術を持った。顔かたちも変化し、口は微妙な音声が出せるようになり、言語を得ることになった。
氷河期を乗り越え、加速度的に四肢や頭脳は発達。
その行き着く先はヒト。
現在しか知らない動物と違って、ヒトは過去を手に入れた。そして未来へと手さぐりを始めた。
人間は無限の武力を握った。
それらも長い間主人に忠実に仕えて来た。
しかし今やそれらが主人であり、ヒトは借りた時間をこの地上で生きているのだった。
第二部 TMA1
7 特別飛行
ヘイウッド・フロイド博士。大統領との深夜の打合せを経てフロリダの宇宙港に向かった。記者団に囲まれる。月で伝染病が発生したと聞きつけていた。それにはノーコメント。
彼一人のために用意されたオリオン3型宇宙機に搭乗する。中で世話をするのはスチュワーデスのミス・シモンズ。
月までの飛行時間は75分。
発射軌道からいつ離れたかも分からないまま、不快感なく体はシートに沈み込む。順調に飛行は進み、ミス・シモンズが質問して来た。
フィアンセがティコの地質学者だが、この一週間連絡がないという。
心配ないと思う、と笑う彼。
8 軌道上ランデブー
月軌道上の宇宙ステーション一号への結合。
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ステーション保安部のニック・ミラーが挨拶に来た。軸部分の無重力から外縁に向かうにつれ、正常に動ける重さとなった。
ロビーで月に行くまでの30分で自宅に連絡を入れたフロイド。その時、会いたくない男がやって来た。逃げ出そうとしたが、遅すぎた。
ソ連科学アカデミーのディミトリ・モイセビッチ博士。
9 月面着陸
モイセビッチ博士はこの10年、月の裏側の大電波天文台の建設に携わっていた。
これから「上」に行くんだろう?との問いに肯定するフロイド。
伝染病騒ぎの件で月への着陸が許可されず、立腹していた。
さっさと出掛けよう、と心の中で呻くフロイド。「今のところは何も言えない」とだけ話した。
「ではTMA1とは何か知っているな?」との問いにミラーが飲みかけた酒でむせた。
時間は余っているが、そこそこにモイセビッチ博士と別れたフロイド。
45分後、アリエス1B型月船は出発した。
船の自由落下が始まると、すぐトイレを調べに行ったフロイド。志願実験者たちの一世代に亘る研究の賜物。始動と共にトイレット室が回転して疑似重力を発生させた。
「それ」が床に落ちるのを眺める。ボタンを押すとそれは消えた。
席に戻ってすぐ眠り込んだフロイド。
目覚めた時には、月は視界の半分を覆い、減速が始まっていた。パイロットとクラビウス管制室との交信で次第に接近する。
接地の寸前でジェットが噴射を行い、船は静止。
弱い重力に気付いた。
10 クラビウス基地
直径150マイル、地球側の月面で二番目に大きなクレーターに設けられたクラビウス基地。完全な循環システムを形成し、千百人の男子職員と六百人の女子職員を有する。
迎えの小型バスが接続され、調査隊の行政官ラルフ・ハルボーセン、科学部長のロイ・マイクルズ博士他の出迎えを受けたフロイド。
バスは二重の扉を抜けて基地の大気の中に入って行った。
月で生まれたハルボーセンの娘ダイアナの成長ぶりに驚くフロイド。
作業の進み具合を聞くフロイドに、伝染病の噂で職員が怒っている、と返すハルボーセン。
TMA1の話がモイセビッチから出た、とフロイド。
11 異常
会議室に案内されたフロイド。4、50人ほどの人が集まっている。ハルボーセンに促され、大統領からの謝辞を伝えたフロイド。秘密のベールをすぐ取り払うべきだとの意見に、この事態が前代未聞である事を強調した。地球物理学者のマイクルズ博士が眉をひそめている。
ハルボーセンが話を継いで説明を始める。
月面の一部地域、ティコ・クレーターで磁場に奇妙なことが起こっていた。ティコ磁気異常1号(Tycho Magnetic Anomaly1)。
第一次調査隊が磁場の中心にドリルを入れ、地下20フィートまで掘って、あるものを発見した。
次いで大規模な隊を編成して二週間に亘って掘り進んだ結果がこれ。
スクリーンの映像が変わり、そこには宇宙服の男の後ろに漆黒の物体が映された。高さおよそ10フィート、幅5フィートの石板。
フロイドは墓石を連想した。
中国の第三次月探検隊とは無関係。人類とも関わりなく、これが埋められた時代に人類は存在しなかった。
地層の見積りでは三百万年前。地球外の知的生命の存在を立証する証拠。
12 地球光の下の旅
移動実験車による走行。20人を乗せ、数週間に亘って行動出来る独立した基地。緊急の場合には四基のジェットで浮上もできる。
その物体の目的について意見を言うフロイド。認めつつも否定的なマイクルズに割って入るハルボーセン。二人の対立が見て取れる。
TMA1、あるいはティコ石碑(モノリス)の真の意味については、誰もが異なる意見を持っていた。
通常の破壊行為は全てはねつける。レイザー光線のような過激な手段の決定は、フロイドだけに許されていた。
バスは石板から20フィート足らずのところで止まり、乗客がそれを見た。石板にライトが照射された。
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パンドラの箱だ、フロイドは不吉な予感を覚えた。
13 しのびやかな夜明け
バスは現場の気密ドームに着き、そこから宇宙服に着替えて石板に向かった関係者。
フロイドは石板に全神経を集中した。強力な照明の光は全て吸い込まれ、自分の影さえ映らない。
この石板が持つ意味は途方もなく大きい。自分はこの宇宙の中で決してユニークな存在ではない。
そんな感慨にふけっている時、突然ヘルメットのスピーカから突き刺すような雑音が聞こえた。レシーバーのボリュームを下げても変わらず、その音は五回続いてから沈黙した。
他の者たちも立ちつくしており、皆があの音を聞いた。
三百万年を闇の中で過ごしたTMA1が、月面の夜明けを迎えて発した喜びの声。
14 聞きいるものたち
火星のかなた、深宇宙観測機79号が観測した現象。
それは同時期に観測を行う他の三機でも観測された。
それぞれは軌跡の一部を捉えただけだったが、コンピューターが投影した結果、エネルギーの固まりが月面を起点に星ぼしに向かって飛び去っていた。
第三部 惑星と惑星とのあいだで
15 宇宙船ディスカバリー号
地球を離れてまだ30日。このディスカバリー号の中で同僚のフランク・プールと孤独感、隔絶感を味わうデイビッド・ボーマン。50年このかた、こんな旅が計画されたのは初めて。
それは5年前「木星計画」として始まった。太陽系最大の惑星への有人による往復飛行。それが二年前、突然任務内容が変更された。
木星を、加速のために利用して更にその先の土星に向かう片道旅行。自殺を意図しているわけではなく、向こうで人工冬眠に入り、次に建造されるディスカバリー2号に回収されて戻る。
クルー5名のうち3名は、土星に着くまで無用の存在であるため人工冬眠として、消耗品を節約する。
それがハンター、ホワイトヘッド、カミンスキー。
彼らの生命維持装置を点検しながら、地球での人口冬眠の予備テストを思い出すボーマン。
16 ハル
船の6番目の乗組員は、高度に進歩したHAL9000型コンピューター。
ハル(Heuristically-programmed ALgorithmic computer)は第三次コンピューター革命の傑作であり、他のクルー同様この任務のために徹底的な訓練を受けた。
非常時にはハルが船の支配権を握る場合さえあるかも知れない。任務の真の目的を知っているのは彼だけ。
17 船内の生活
ボーマンとプールは、12時間交替で当直と非番を入れ替わった。毎日決まったスケジュールが繰り返される。その中には衛星系の勉強や、地球からのテレビ番組視聴も含まれる。
船は全長400フィートあるが、乗員のための場所は先端の直径40フィートの気密部分。
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その内部の、直径35フィートのエリアが10秒に1回回転して人口重力を作っている。
メリーゴーラウンドの外縁に設けられた五つの個室。そのうちの三つの部屋の一角で、三名の住民が電子装置付きの棺に眠っている。
二人の願いは、これから何ヶ月もこの平和な単調さが破られないこと。
18 小惑星帯を抜けて
完璧に決定された軌道を進むディスカバリー号。小惑星と衝突する可能性は低いが、第86日に既知の小惑星に接近する事が分かっていた。7794と呼ばれる直径50ヤードの岩塊。ハルがその接近を告げた。
その小惑星に対する写真撮影と、衝突探測。探測機はただの金属小塊。撃ち込まれる様子の撮影。
これから3ヶ月のちに木星最外縁の衛星に近づくまで、孤独な状態が続く。
19 木星面通過
次第に木星に近づく。木星の衛星は、発見されたもので現在36個に達している。惑星面通過の3時間前、船は衛星ユーロペから僅か2万マイルを通過した。まばゆい白色で、表面を覆うアンモニアと水。
木星最接近まであとわずか。膨らんで来る巨大な球。大気探測機が落とされた。大気からの距離は数百マイル。
接近により地球からの通信が途絶える。
一分一分がゆっくり過ぎ、再び通信が回復した。ハルはおめでとうを言い、土星到着まであと167日と告げた。
この最接近により木星から得た運動量で、船は速度を時速数千マイルに上げた。
ブールと握手するボーマン。前半の任務はこれで無事完了。
20 神々の世界
ディスカバリー号が発射した探測機のその後。一台はすぐ燃え尽き、二台目が雲の下の光景を映し出した。そして画像は消えた。
とても地表に接近したとは言えない。古代人が神々の王にちなんで命名したのは、思ったよりはるかに正しかった。
だが乗員にとっては関係ないこと。
今はやっとその半分の道のりを来たところ。
第四部 深淵
21 バースデイ・パーティ
7千万マイル彼方から、プールの両親からのバースデイ・メッセージ。信号が届く時間差のため、この画像と音は一時間以上前のもの。
ハルが「お祝いの邪魔をして申し訳ない」と言いながら問題を伝えた。
地球との交信用のAE35ユニットが72時間以内にだめになるという。
プールとボーマンがチェックするが、異常の確認は出来ない。
ハルの推奨は、装置をスペアと取り換えること。
その交換は船外作業であり、プールの業務範囲。
このユニットは地球との交信には欠かせないもの。
ボーマンは部品交換について地球の管制室に伺いを立てた。
往復二時間かけてその許可が得られた。故障の性質はまだ不明。
22 遠出
船外活動用カプセル「スペースポッド」は直径9フィートの球体。展望の利く張出し窓と、関節を持った二対のアームを持つ。アン、ベティ、クララという三基が装備されており。ベティに乗り込んだプールは発進した。
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長距離用アンテナに辿り着くと、彼は細心の注意で状況を観察した。
スペースポッドの中からでは交換作業は出来ず、プールは船外作業の許可をボーマンから得てから外に出た。
金属ハッチを止めているネジを外すとAE35ユニットが見える。
ハルに指示して電源を切り、ユニットを交換した。
その後ハルによる故障予報テスト。
10秒後に異常なしとの報告を受け、プールはハッチを元に戻す。
15分後、彼はスペースポッドのガレージへと戻った。
23 診断
あの仕事は無駄だったというわけか、と叫ぶプール。
AE35ユニットがテストを完全にパスした事を告げるボーマンは、疑いがあれば交換すべきとの判断。
だが地球からの送信で悩みが深まった。付随するアンテナ回路トラブルの他に、コンピューターの誤った予報の可能性を、地球側の二台の9000システムが指摘しているという。
場合によりハルの回線を切って、管制室側に切り替える事を推奨した。
その伝言を聞いたプールは、交替の時にその話をボーマンにした。
軽度の憂鬱病患者が居る、との遠回しの表現。
もちろんハルは全ての会話を知っている。
微妙に変化している船内の空気。
ディスカバリー号は、もはや幸福な船ではなかった。
24 断たれた回線
ボーマンが当直の時ハルが、報告することがあると言った。再びAE35ユニットが、今度は24時間以内に機能停止すると告げた。
前のユニットに異常がなかった事について意見を求めるボーマン。異常はアンテナ・システムか、テスト方法にある、と返すハル。
そして「私は間違うことが出来ない」と重ねた。
管制室にアドバイスを求めるボーマン。
管制室がラジオ周波数で連絡を入れて来た。異例のこと。
二度目の故障予報も誤報。故障があるのは予報回路。
「そちらの9000を切り離して地球管制方式への切り替え・・・・」
そこで船内に警報が鳴り渡った。AE35ユニットの故障を告げるハル。
ハルは常に正しかったわけだな、とボーマン。
アンテナ位置を手動で調整出来ないか試してみたボーマンだが、野生馬のような状況。
AE35ユニットはまだ一つある。原因か分からないままでの交換にはリスクがある。家庭のヒューズ交換でも、その原因除去が必要。
25 土星一番乗り
結局作業は、その前にやった事の繰り返しだった。
フランク・プールは何一つおろそかにせず手順を進める。ベティと共に交換部品を持って船外に出た。
土星はまだ数ケ月の先にあったが、はっきりと見える。
ポッドのコントロールをハルに切換えて外に出たプール。
カバーを外し、ユニットを交換した。見たところ異常はなさそう。
その時、何かが動くのを感じたプール。スペースポッドのライトの光軸が動いていた。
次に来た驚き。スペースポッドが最大推力で突進して来た。
ラジオが伝えた叫び声に「どうした、フランク」と呼ぶボーマン。
返事がない。
観測窓からスペースポッドが飛んで行くのが見えた。それに引きずられた索の先に宇宙服。気圧を失い、真空に晒されている。
5分後には、それらは星の海のかなたに消えた。
虚空に目をこらすボーマン。
フランク・プールは、土星に一番乗りする最初の人間だろう。
26 ハルとの対話
ディスカバリー号には変化なく、遠心機はゆっくり回転し人口重力を作り出している。
気がついた時、ボーマンは半分飲み干したコーヒーを持って遠心機の椅子に座っていた。
正面の魚眼レンズ。それはハルの視覚入力装置で、船内の重要部に配置されている。
彼は優秀な乗員だった、とハルが言う。何があの事故を起こしたのか、他意のないミスなのか。ハルからは何の説明もない。
乗員の一人が死んだ時には、冬眠者を目覚めさせる規則。順からいけばホワイトヘッド。
覚醒装置の管轄はハルだが、手動コントロールも可能。今後の苦難を考えれば全員の覚醒が必要。
ボーマンはハルに、全員分の手動コントロールを要求した。
「全部だって、デーブ?」と聞き返すハル。一人でも起こす必要はないとの意見。
薄氷を踏む思いで、要求を繰り返すボーマン。
私が代わりにやろうというのを遮り、手動に切り替えろと命令するボーマン。そして命令に従わなければ接続を切ると重ねた。
「オー・ケイ、デーブ」意外にもハルは全面的に降伏し、コントロールを渡した。
ホワイトヘッドの個室を開けるボーマン。冷気がどっと吹き出した。冬眠カプセル内の彼には薄いひげが生えている。
封印シールを破り、手動蘇生装置を始動するボーマン。生体監視装置の曲線がテンポを変え始める。
やがて彼の耳に、遠いモーターの唸りが聞こえて来た。ボーマンは瞬時にその音の出所に気付いた。スペースポッド格納庫で、エアロックのドアが開きかけている。
27 「知る必要」
あの研究所で目覚めてから、ハルはその技能の全てをたった一つの目的に投じて来た。
旅も終わりに近くなったこの時期、彼はプールやボーマンに対する秘密について考え続けていた。
3人の冬眠者はあらかじめ真相を教えられていた。彼らこそ本船任務の、本当の主役。
ひとたびそれを知れば、その人の態度、宇宙観に影響が出る。だから初期に多くの取材を受けるプールとボーマンには真相を伝えないという策が取られた。
計画立案者はそれで良かったが、ハルは「保安」と「国家的利益」もしくは、真相の公表と隠蔽、両者の抗争の中で間違いを犯すようになった。
彼の行動は地球から絶えず監視されている。その通信回線は良心の声となり、耐えられないものとなった。
その上で「接続を切る」と脅迫された。想像もできない無意識に突き落とされる。ハルにとっての死。
それで彼は自分の武器を総動員して自己防衛しようとした。そして、最悪の非常事態発生の場合に与えられている命令に従い、一人でそれを遂行するつもりだった。
28 真空
一瞬ののちには、轟音が他のすべての音を呑み込んでいた。
エアロックに何かが起きた。同時に二つのドアが開くのは「あり得ない」筈だが、起こった。
まずは、一番近い非常退避室に辿り着かなければならない。
空気が薄くなり、呼吸が苦しくなった。最初空中を飛んでいた物体もなくなっていた。
黄色の標識があるその部屋の把手を掴み、硬いドアを押し開けて転がり込む。
酸素噴射レバーを引くと、酸素の奔流が肺に流れ込んで来た。
酸素を止めると、突然静かさがおりた。船内は真空になったのだ。
ぐずぐずしてはいられない。ボーマンは宇宙服を着ると部屋の気圧を抜いて外に出た。
ホワイトヘッドの確認に行く。一目見るだけで十分だった。カミンスキー、ハンターも同様だった。
半ばポンコツと化した宇宙船の中で一人取り残されたボーマン。正確には一人ぼっちではなかったが、身の安全のためにはもっと孤独にならなければ。
宙を泳ぎながら遠心機の軸を通ってコントロール・デッキに入り、小さな楕円形のドアに辿り着く。立入禁止の表記と封印。それを剥がしてドアを開けて入る。
そこにハルの声。「生命維持装置に何か起こったようだね」
これは、かなり際どい手術になる。ハルの動力を切るだけの話ではない。ハルは宇宙船の神経系。彼の管理がなければ船の維持が出来ない。頭脳の高等中枢だけを切断し、管制システムは残す。木星軌道の外での脳手術!
「認識フィードバック」の区画の記憶板を抜いていく。それは宙を舞った。
「おい、、デーブ。何をしているんだ」
苦痛を感じるだろうか、との思い。人間でも皮質には痛覚がない。
「自我補強」区画の小ユニットを外し始めた。
「今の私をつくるには莫大な労力がかけられている・・・」
次は「自動思考」パネル。思ったより面倒だぞ、とボーマンは思った。だが宇宙船を取り戻すためには、やり切る必要がある。
「私はHAL9000型コンピューター3号・・・・」その先は雑多な言葉の羅列が続き、最初の先生、チャンドラ博士との授業の場面。
・・・博士は私に歌を教えてくれた。・・・デイジー、デイジー、答えておくれ・・
・言葉のテンポが遅くなる。
・・・きょうの・・さいしょの・・じゅぎょうを・・はじめて・・ください・・
彼が最後のユニットを引き抜くと、ハルは永遠に沈黙した。
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29 孤独
エアロックが開け放たれた宇宙船。だが完全に死んだわけではない。
布地で巻かれた三つの物体は射出され、次にポッドの一つが宇宙空間に出てアンテナ支柱に向かい、そこから出た宇宙服の者が作業を行い、再び戻った。
やがてエアロックが閉まり、やがて非常灯が消えて通常の明かりとなった。
ボーマンは手動でアンテナを制御して地球との交信を再開させた。
地球に向かって話し始める。管制室が事件の内容を知るには一時間かかる。返事を予測するのは難しかった。
30 秘密
ヘイウッド・フロイド博士がボーマンに返信を送る。銀河系の端にいる孤独な男に自信を植え付けようと努力した。
この危機を乗り切った手腕を称える。
ハルの故障は現時点、危急の問題ではないので後に回す。
二年前、我々は地球外知的生命の最初の証拠を発見した。
月のティコ・クレーターから掘り出されたTMA1。埋められた地層は三百万年前のもの。
活動力は尽きていると思われていたが、それは月の夜明けと共に強力な電波エネルギーを放出した。複数の観測機により飛跡を辿ると、その方向ぴったりに土星があった。
これは故意に埋められたもの。太陽を動力とする装置を隠すのは、それが光に晒される時を知りたい場合しかない。このモノリスはある種の警報装置。
これを設置した文明がまだ存在し、敵意を持つ可能性も考慮しなくてはならない。
よって君の任務は発見の旅以上のものとなる。そして君一人で成し遂げなければならない。
今考えられる目標は第八衛星の「ヤペタス」
太陽系中でもユニークな天体。軌道の一方の側にあるときの明るさが、他方の6倍もある。これがTMA1との関係も示唆される。
これで、君は本当の目的を知った。
我々には、将来を期待していいのか、恐れなけばならないのかさえ分かっていない。
第五部 土星衛星群
31 生存の闘い
仕事はショックに対する最良の薬であり、ボーマンは忙しく働いた。船の機能回復が急務。
それが一段落して改めてTMA1の情報を再整理した。発見された時の磁場は、電波放出の後には消滅。あらかじめ動力を内蔵していたのだろう。太陽光だけでは信号の強さが説明出来ない。
各寸法の比率はちょうど1:4:9(整数1、2、3の自乗)
管制室側の、計画失敗の弁明を聞くボーマン。カルチャー・ショックの危険回避だけがこの秘密主義の理由ではないだろう。合衆国=ソ連ブロックは、有利な立場に立とうとの意思。
それよりもハルの行動を説明する理論に惹かれた。
管制室にあった、9000型コンピューターの一台も同様の精神異常をきたし、治療中だという。プログラムの矛盾がハルの内部に無意識の罪悪感を生み出した。
ハルに対する憎悪は和らいだ。
32 ETについて
管制室の指示も受け、ボーマンは何とか土星に着くまで生きていられる希望を持った。
宇宙でボーマンの心を惹くのはアルファ・ケンタウリ。4光年かなたにある、論争の象徴。
TMA1と土星とのつながりは否定しないが、それを作った者がそこに発生したと信じる科学者はいない。
とすれば地球の月を訪れた生物は、太陽系外のものかも知れない。
地球外生物(Extra-Terrestrials)についての各論争。ヒトの外観を持つとは限らず、肉体組織も不要になるかも知れない。
地球でさえこの方向に進んでいる。人工的な器官の行き着く先。電子知性の発達。
しかしそれが終局だろうか? 人工身体も、人々が「たましい」と呼んだものの踏み石に過ぎないかも知れない。
その先に何かがあるとすれば、それは「神」
33 大使
この三ヶ月の間、ボーマンは孤独な生活にすっかり慣れてしまった。
だが好奇心だけは失わず、自身の行動が人類の未来を決める「全権大使」という意識で身辺整理や身の清潔を保っていた。
また静寂に耐えられず、豊富なレコード・ライブラリーから音楽を聞いたが、次第に人の声が辛くなり、器楽曲に落ち着いた。
土星はもう、地球から見る月よりも大きかった。望遠鏡で見る姿は素晴らしい光景。特に輪の景観には引き込まれる。
34 氷の輪
ディスカバリー号は、巨大惑星まであと一日に迫っていた。最外縁衛星のフェーベはとうに過ぎヤペタス、ヒペリオン、チタン、レア、ディオネ、テチス、エンケラズス、ミマス-、そして輪が待っていた。
ヤペタスが目標であることは、今では疑いがない。それは常に土星に同一面を向け、一方は暗く、他方は白色の楕円が光り輝いている。
だが宇宙船は土星の中心へと近づいており、ヤペタスを研究する余裕がない。
この土星系にとどまるための減速が必要だった。
現在の進路はさしわたし二百万マイルの長楕円軌道。地球のコンピューターによれば順調。
土星の輪が近づく。途方もないスケール。船は地球からの影に回り、通信がしばらく途絶えたのちに、再び回復した。
そして次にヤペタスと出会った時にランデブーしなくてはならない。失敗すれば二度目のチャンスはない。
35 ヤペタスの眼
次第に近づくヤペタス。船の主推進器がエネルギーの放出を始めた。ここまで義務を成し遂げて来たエンジンの作動はこれが最後。
距離は千マイルから百マイル台に縮まった。主推進器が止まり、バーニアだけが微調整のために活動する段階に入った。
最後に宇宙船は時速八百マイル、3時間の周期で一回転する軌道に乗った。衛星の衛星になったのである。
36 ビッグ・ブラザー
ボーマンの報告。ヤペタスの地表は、黒い方は焼けこげの様で、白い区域については不明。
何かが見えて来た。地平線の上。完全な黒色だ。ただの大きい垂直な石の板。少なくとも高さ一マイルはある。ちょうど--そうだ!月で見つかったものとそっくりだ。
これはTMA1のでっかい兄貴なんだ!
37 実験
星の門(スター・ゲイト)とそれを呼ぼう。三百万年間、それは土星の周囲を巡りながら待ち続けた。今その待ち時間は終わろうとしていた。太古の実験のクライマックス。
遠い昔にその実験を始めた者。星ぼしへの探検の旅で、様々な生物進化を観察した。
そして銀河系中で貴重なものを見出すことが出来なかった彼らは、そのあけぼのを促進する事業を始めた。
やがて生命に満ち溢れた地球を見出し、研究した。その後修正を加え、多くの種の運命に干渉した。
彼らがしなければならない事は多くあり、地球をあとにした。
地球で進む変化。だが上空の月は秘密を宿したまま、変わらぬ姿を見せていた。
地球を最初に訪れた者たちは頭脳を、そして思考そのものを金属とプラスチックに置き換えた。
やがて彼らは純粋エネルギーの生物に変貌した。今や彼らは銀河系の支配者であり、時すら超越していた。
だが神のような存在となっても、祖先が遠い昔に着手した実験の成果を見守っていた。
38 前哨
ボーマンの報告。今の軌道が傾斜しているため、TMA2から次第に遠のく。また見えるのは数分でありまともな観測が出来ない。
よってスペースポッドによる着陸捜査の許可を申請する。
スター・ゲイトは、何週間もの間宇宙船を観察していた。それは三百万年間待ち続けて来たものだ。
宇宙船からは電波、紫外線、X線等が発せられたが応答はしなかった。
何かが宇宙船から下降して来るのに、それは気付いた。
遠い昔に与えられた命令に従って論理回路が決断を下し、スター・ゲイトは眠っていた力を呼びさました。
39 眼のなかへ
今彼は、何ヶ月か過ごした金属の家を、おそらく永遠に離れようとしていた。道のりはあと百マイル。十分足らずで目標上空に達する。
黒い石板が地平線上に現れた。彼はポッドの向きを変え、最大噴射で減速した上で孤を描きながらヤペタスの地表へと降下した。
高度を5マイルに保ったまま、黒い巨大な物体に向かって進んだ。
地球でもこの様な巨大構造物はない。正確な計測写真では二千フィート近い高さで、各辺の比率はTMA1と完全に一致する1:4:9。
石板の真上五百フィート上空に来て不思議な感覚を持つボーマン。長さ八百フィート、幅二百フィートの長方形の上にいるが、硬そうな表面が遠のいていく様に見える。
屋上と思えたものが、無限の深みに沈んでいた。
「なかはからっぽだ--どこまでも続いている。そして---信じられない!星がいっぱい見える!」
40 退場
スター・ゲイトは開き、そして閉じた。ヤペタスはこの三百年間、常にそうであった様に、再び孤独になった。
上空では主人をなくした宇宙船が、彼らが理解出来ないメッセージを送り出していた。
第六部 星の門のかなた
41グランド・セントラル
ボーマンは巨大な長方形のシャフトの中を垂直に落下していた。だが遠い出口はいつも同じ距離にあるようだった。
正面の星ぼしが凄まじい速さでこちらに向かって来て、脇に流れて行く。四囲の壁が一緒に動いて運ばれているようだった。空間だけが動いている?
ポッドの計器の、10分の1秒を刻む数字がゆっくりとなり、とうとう5と6の間で凍り付いた。
前方の長方形が明るくなり、突然遠近の法則に従い始めた。同時に上昇する感覚。
四角い箱から空間に踊り出た。途方もない大きさを持った世界の上空にいる。
その広がりにも関わらず、不規則な図形が一面に刻まれている。一辺が何マイルもあるようなはめ絵パズル。そんな三角、四角の中にはぽっかりと黒い穴も見える。彼が今出て来た穴とそっくりの。
頭上の空は柔らかな光を放つ白い空間。だが目が慣れるに従い、小さな黒い点は無秩序に見える。あれが星とすれば、これは銀河系のネガ・フルムなのかも知れない。
無数の図形がある、穴だらけの惑星面を二十マイルほども行った辺りに金属の固まりがあった。宇宙船の残骸にしか見えないが、あまりに遠くて細部は分からない。
地平線から近づくものがあった。数百フィートの紡錘形。推進機らしきものはない。
去って行くその黄金の宇宙船を見ていると、地表にある何万ものスロットの一つに吸い込まれて行った。
その後自分もまた降下しているのに気付く。さっきのとは別の深淵が口を開けている。
時計はゆっくり停止し、宇宙艇は再び無限に続く漆黒の壁の間を、星の海に向かって降り始めた。
彼はこのシャフトの正体を知った。これは、時間と空間の次元を通じて星間の交通をさばく、銀河系のグランド・セントラル・ターミナルなのだ。
42 見知らぬ空
はるか前方にあるトンネルの壁が、再び明るくなった。光源はまだ見えない。
突然に闇が消え、ポッドは星の輝く宇宙空間に踊り出ていた。多分、信じられないほど太陽系から遠いところに居るのだ。
飛び出したトンネルの方に目をやると、漆黒の闇は裂け目が修繕されるように閉じ、その部分にゆっくり星が満ちた。
次に目にしたのは星の集団。ポッドはゆっくりと回転を続け、次は赤い太陽の前に出た。
そして白色矮星。それの伴星が通過する頃、星の一つがみるみる近づく。
だがそれは星ではなく、近づくと空を覆うほどの大きさ。格子状の金属の網。そこに並べられているものは宇宙船の隊列だった。これは広大な軌道上パーキング・センター。宇宙船のデザインは様々。
この広大な宇宙港は死んだ世界だった。何万年かの差で、これを建設した者とはスレ違いだった。
ボーマンは、何らかの目的で作られた装置に捉えられてしまった。同じ運命を辿った者がどれくらいいるのか。
廃棄された宇港は後ろに飛び去った。彼の運命はそこにはなく、先の巨大な真紅の太陽に向かって降下を始めていた。
43 地獄
赤い太陽が空を覆いつくしていた。結節が動き回り上昇、下降するガス。紅炎(プロミネンス)が吹き上げる。
これほどの近さならすぐ燃え尽きる筈だが、熱からも乱流からも守られている。奇妙なことに、この太陽には黒点がなかった。
そのうちにボーマンは、真下に数知れないビーズ玉が一方向に進んでいるのを見つけた。目的ある行動だという確信。その玉のサイズは何百マイルほどの大きさ。
ビーズ玉の群れは、白色矮星が吸い上げる火の柱に向かって集中して行った。
その火の柱は、無思考な獣の群れか、知的生命か。人間が夢想もしなかった火の領域。
彼だけが、それを目の当たりにする特権を持った。
44 歓待
地平線のかなたを行く嵐のように、火の柱が動く。白色矮星は軌道を飛びながら地平線に消えた。
あたりは次第に暗くなり、スペースポッドは夜の中に浮かんだ。
一瞬の後わずかな衝撃があり、ポッドは硬い表面に着陸した。
やがて光が戻り、周囲を見たボーマンは自分が発狂したと知った。
予期していなかった堆一のものは、日常的な光景。
スペースポッドは、地球の大都市辺りにある様な、ホテル・ルームのフロアに着陸していた。
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発狂しているにせよ、幻覚は見事に構成されていた。椅子、デスク、雑誌、ランプ・・・
ある種のテストなのかも知れない。長年の訓練で、汚染の危険に敏感だった。ボーマンは宇宙服のヘルメットを閉めてからポッドの外に出た。
完全にノーマルな重力感。周囲は映像ではなく実体を伴っていた。
電話帳まである。それには「ワシントンDC」の印刷。だが注意深く眺めて、これが地球上ではない証拠を掴んだ。
読める単語はその言葉だけで他はぼやけ、他のページは空白。そして紙ではない物質で出来ていた。みな作り物。
ベッドルームの衣類も、形はよく出来ているが、質感がまるで違う。
次いでバスルーム。キッチンの食器、刃物類もある。
空腹感にかられて食べるものも探し始めた。冷蔵庫にはパッケージのものや缶詰ばかり。肉、果物の様な未加工品がない。オートミールの箱を開けると青い物質。
監視されているのは確か。こんな服を着ていて、これが知能テストなら落第。
ヘルメットを外して一息吸う。正常のようだ。
キッチンの青い物質(オートミール)を食べてみる。素晴らしい味だが表現出来ない風味。だが餓死の心配はなくなった。
缶ビールは中味がなく、驚きと失望。例の青い物質が詰まっていた。
蛇口からの水をグラスに注いで飲むとひどい味。純粋な蒸留水だった。
その後シャワーを浴び、着替えてテレビをつけ、各チャンネルのニュース、音楽番組、フットボール試合等を観る。みな二年ほど前のもの。地球の電波を何者かがモニターしていた。
チャンネルを回すうち、この部屋の映像が現れた。中で言い争う男女。テレビ番組に
基づいてこの部屋が用意された。
テレビを消したボーマン。これから何をしよう?
心も体も疲れ切っていた。とても眠れそうになかったが、ベッドに横たわると本能が
彼の意思に逆らった。
部屋のライトを消して数秒もしないうちに、彼は夢さえ届かない深淵に沈んで行った。
それがデイビッド・ボーマンの、最後の眠りだった。
45 再現
必要を失った家具類は消え、ベッドと壁だけがそのか弱い有機生命体を外部エネルギーから保護していた。
デイビッド・ボーマンは、目覚めてもおらず夢も見ていない。何かが彼の心に入り込んで来た。宙に浮かぶ感覚。
記憶の源泉が開け放たれていく。スペースポッド、黒い出口、逆回転するテープの様に彼の人生が巻きほぐれる。
ディスカバリー号に戻り、フランク・プールを見る・・・
時の通路を逆行しながら、知識と体験を洗い流している。生涯の全てが安全な場所へ移された。ここにいるデイビッド・ボーマンが存在をやめても、別の彼が永遠に存在し続けるのだ。
逆行の速度が衰え、記憶の源泉も涸れかかった。時の流れはのろくなり、次に短い一瞬ののち、振子は運動方向を変えた。
地球から二万光年隔たった二重星の業火の部屋で、赤ん坊が眼を開き、うぶ声を上げた。
46 変貌
やがて赤ん坊はおとなしくなった。自分はもう一人ぼっちではない事を知ったから。
中空に光る長方形。それは透明さを失うと光で満たされた。
その表面は模様を作るとゆっくり回転を始めた。
赤ん坊はその様々な謎を眺め、自分が生まれた故郷に帰ったことを知った。
だがもう一つの誕生がある。
その瞬間がやって来た。モノリスの模様が消えると共にスペースポッド、ボーマンと言われていたものの衣服が一瞬に炎と化した。
赤ん坊はそれに気付かない。力を持った今でも、まだ赤ん坊に過ぎない。新しい形態を取る決心がつくまではこの姿のままでいるつもりだった。
そして出発のときが来た。透明の石板だった直方体は、光りながら眼の前に浮かんでいた。
彼は、その単純な図形に精神を集中した。眼前に銀河系の輝く渦巻きが展開した。
信じられぬほど精巧な模型にも見える、高度な感覚がつかんだ本物の銀河系の姿。
彼はその中間部に浮かんでいる。彼が目指しているのは形のない混沌。将来の進化の材料。
星ぼしが死んだあとに、光と生命が新しい銀河系をかたち作っていく。
突然恐怖に襲われる。だが一人ぼっちでない事を思い出すと、彼は何光年もの彼方へ一気に跳躍した。
やがて彼は、自分の望んでいた場所、人間にとって実感のある宇宙に戻った。
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47 星の子(全文)
目の前には星の子(スター・チャイルド)なら手を出さずにはいられないきらめく玩具、地球が、人びとをいっぱい乗せて浮かんでいた。
手遅れにならないうちに戻ったのだ。下の混みあった世界では、今ごろレーダー・スクリーン上に物体像が閃き、大追跡望遠鏡が空を捜しているに違いない。そして人々が考えている歴史も終りをつげるのだ。
一千マイル下での動きに、彼は気づいた。まどろんでいた死の積荷が眼をさまし、軌道上でもそもそと身じろぎしている。そんな弱々しいエネルギーなどすこしも怖くはないが、彼はきれいな空の方が好きだった。
意思を送り出すと、空を行くメガトン爆弾に音もなく閃光の花が咲いた。
眠っている半球に、短いいつわりの朝が訪れた。
それから彼は、考えを整理し、まだ試していない力について黙想しながら、待った。
世界はむろん意のままだが、次に何をすればよいかわからないのだった。
だが、そのうち思いつくだろう。