登場人物
羅輯 (ルオ・ジー)
章北海 (ジャン・ベイハイ)
史強 (シー・チアン)
東方延緒 (ドンファン・イェンシュー)
フレデリック・タイラー
マニュエル・レイ・ディアス
ビル・ハインズ
史暁明 (シー・シアオミン)
荘顔 (ジュアン・イエン)
山杉恵子 (やますぎ・けいこ)
常偉思 (チャン・ウェイスー)
丁儀 (ディン・イー)
葉文潔 (イエ・ウェンジェ)
智子 (ソフォン)
ETO:地球三体協会(Earth Trisolaris Organization)
PDC:国連惑星防衛理事会(Planetary Defense Council)
超々あらすじ(最初から)
三体(一作目)
地球(中国軍)から宇宙に向けて友好のための電波が発信されたが、それを受けた三体文明が宇宙艦隊を繰り出して侵攻に向かった。
それに先駆け「智子」という攪乱分子が地球を混乱させる。
艦隊が到着するのは四百五十年後(今は危機紀元元年)
三体Ⅱ黒暗森林(上巻)
第一部 面壁者 三体文明の侵攻に立ち向かうため立てられた「面壁計画」に巻き込まれ、面壁者四名のうちの一人にされた羅輯。
面壁者タイラー、レイ・ディアス、ハインズが何らかのアクションを起こす中、羅輯は理想郷に住み、理想の女性と家庭を持ち、それが面壁計画だとうそぶいた。
第二部 呪文 タイラーは自殺。レイ・ディアスとハインズは未来に希望を託し冬眠。妻子に去られた羅輯は行動を始め、ある恒星の位置情報を太陽の増幅作用で発信。
その中で敵の攻撃を受け冬眠する羅輯(危機紀元8年)
三体艦隊に先行して進む探査機の存在が判明。
恒星間航行の障害となる科学者を暗殺した章北海(危機紀元12年)
超あらすじ
第二部 呪文(承前)
危機紀元20年。冬眠から8年後に覚醒したレイ・ディアスとハインズ。ハインズが進める脳研究。
ハインズが、軍に強固な勝利意識を植え込む「精神印章」を提案。
公聴会で反対に遭うが運用を認可される。
精神印章が軌道に乗ったのを確認して冬眠に入るハインズ夫妻。
水爆実験を水星で行うレイ・ディアスを破壁人が訪れ、彼の計画が惑星消失だと見破る。
人類を危険にさらすと公聴会で糾弾されるレイ・ディアスは、システムを人質にして母国に帰るが、民衆の投石で命を落とした。
第三部 黒暗森林
危機紀元205年。冬眠後185年で覚醒した羅輯。
公聴会に出席する羅輯。ハインズ夫妻も同時期に覚醒して出席。
人類の成長及び主導権掌握による面壁計画の中止が決定され羅輯、ハインズは一般市民となった。
ハインズが告発された。精神印章は敗北主義を植え付けるものだった。告発者は妻の山杉恵子。
冬眠から覚醒して戦艦<自然選択>へ赴任する章北海だが、その指揮権を奪って隊から離脱した。
三体艦隊に先行する探査機「水滴」を鹵獲する作戦が実行された。
調査隊の丁儀が水滴の探査機に触れるが、突然の発熱で皆蒸発。
鹵獲船を破壊し、更に艦隊二千隻もことごとく破壊していく水滴。
結果的に攻撃を逃れた<自然選択>を含む七隻が、全軍に残された戦艦。独立国家として、移住見込みのある恒星を目指すが、全員を賄うリソースはない事から相撃ちを行い二隻となった。
艦隊全滅により、羅輯が面壁者として復権した事を知らせるハインズ。
呪文をかけた恒星が破壊された事を聞き、全てを理解する羅輯。
彼が史強に話す宇宙の暗黒。
宇宙では、相手の存在を知った時点で滅ぼせというのがルール。
水滴は地球と太陽の間に位置し、電磁波で太陽の増幅作用を阻止。
羅輯は、後続の探査機を探知するための星間雲作りに奔走するが、無駄な事として無視された。
危機紀元208年。
居住区を追われた羅輯は葉文潔と娘 楊冬の墓を訪れる。
自分のための墓を掘った後、三体世界を呼び出す羅輯。
自分が死ねば、太陽と地球間に配置した星間雲作成の仕掛けにより、三体世界の位置が全宇宙に暴かれ、暗黒宇宙の文明に殲滅されると言った。
交渉を受け入れ、太陽への妨害中止、九個の探査機の針路変更、艦隊の針路変更を行った三体文明。地球の危機は回避された。
感想
侵攻する三体世界と対決するため発動された「面壁計画」
だが結局残ったのは羅輯だけ。前回で彼がかけた呪いの種明かし。
そして宇宙の暗黒が暴露される。
これって、猫に襲われそうになったネズミが
「ライオンに言いつけるゾ」って脅している図式。
宇宙については今までのSFで様々に表現されており、私が一番素晴らしいと思うのは小松左京の「果しなき流れの果に」で言っている、宇宙は意識体であるという概念。
またアシモフの「銀河帝国興亡史」では宇宙での覇権をめぐり様々な攻防が繰り返される。
そんな中で、宇宙を暗黒の森林に例え、文明とみればその善悪など問わず殲滅される世界だという概念は新しい。
「面壁計画」でうまい汁を吸っていた羅輯が、夢見た世界から呼び出した様な妻に愛想をつかされて目覚めるのも人間ドラマとして面白い。
今回超ド級なのは三体の探査機「水滴」の威力。宇宙軍の戦艦二千隻をことごとく撃滅。これほどの力を持った文明が羅輯の脅しに屈するのが「ホンマかいな」的な気分だが(まあいいか)
それにしても探査機一機に二千隻も集まらんだろう・・・
星間雲作成用の作業に見せかけて、実は外界へ発信するための仕掛けだったとは、これぞ「面壁計画」
なかなか気持ちがいい伏線回収だった。
それで人類に明るい未来は来るのか?(Ⅲに続く・・・)
オマケ
しかし上巻ではハリ・セルダン、今回は「時計じかけのオレンジ」とかち
ょいちょい入れ込んで来る(笑) まあいいけど。
あらすじ
第二部 呪文(承前)
(章題が一切ないので、ガイドとして適宜ページを記載)
危機紀元20年
三体艦隊の太陽系到達まで、あと4.15光年
レイ・ディアスとハインズは同時期に八年の冬眠から覚醒した。多くの予算をつぎ込んだ結果、智子の壁直前までの技術を一気に縮めた。
妻の山形恵子と再会したハインズ。彼女はリソースを最大限活用してコンピュータの性能を飛躍的に向上させた。脳スキャンによる動的ニューロン・ネットワーク・モデルの作成。
その実験の途中で、被験者が水を毒だと信じ込む現象が発生した。
それを詳しく分析する夫妻。その過程でハインズまで同症状となった。
宇宙軍指令室で常偉思と面会するハインズ。
智子の影響でエンジン開発の壁にぶつかっている常偉思に、敗北主義に打ち勝つ提案をしに来た。
神経ネットワークの一部に影響を与え、思考をパスして情報が真であると判断する。それを「精神印章」と呼んだ。
これを使えば勝利への信念を兵士に持たせることが出来る。
例の「水は毒だ」という経験を説明したハインズ。素晴らしい成果だと言った常偉思だが、やっかいな代物だと続けた。
テクノロジーが人間の思考を修正したら、それをされた者は果たして人間か?「時計じかけのオレンジを読まれた?」とハインズ。 P24
PDC面壁計画公聴会でハインズが説明した「精神印章」に大部分の国が拒絶を示した。討論は続けられ、その使用に多くの制限を課し、特に軍関係者に限ることで実現に傾いた。
この施設の名称に「信念センター」を提案するハインズ。P28
運用が始まった信念センター。
オープンから三日経ってもハインズ夫妻のもとには誰も来ない。
宇宙軍の籍だが酔っぱらいが来て「信念の命題」にでたらめを書いた。
そしてもう一人。元宇宙軍の人間だった呉岳。自らを敗北主義者だと言った。長いやりとりの結果、印章は受けられないと判断された。
翌日、ようやく本来の対象者に精神印章プロセスが実施された。
一週間後、百名以上に実施され、精神印章は確立。
軌道に乗った事を見届け、三体艦隊の探査機が来る時まで冬眠しようと妻に持ちかけるハインズ。P36
半年後、冬眠に入るため冷たさに沈み込んだ山杉恵子は、集中した思考で異様なほど思考がクリアになった。そして疑念が湧く。
中断して!と叫んだが、スタッフには気付かれなかった。P37
PDC面壁計画公聴会。核爆発の理論恒星モデルが扱えるようになり、恒星型水爆もメドが立った前提で、実験を水星で行うと宣言するレイ・ディアス。理由を明かさない点を責められるが、それが面壁計画。
水星の件は認可され、そのための縦穴が掘られた。実験は成功。
吹き飛ばされた岩石が軌道上に散開し、水星は環を持った。P42
太陽恐怖症のレイ・ディアスは自宅地下室で実験の中継を見ていた。
そこへ守衛が来訪者を告げる。
来た男は、あなたの破壁人だと言った。テイラーの時のように戦略の秘密を十年近く探ったが分からず、過去の情報を集めた。
過去に三回も天文物理学者と面会。コスモ博士の研究に興味があった。惑星が恒星に衝突する時の事象観察。
衝突時の衝撃で恒星の殻が破れ恒星物質が吹き出して渦を巻く。
博士は百万発の恒星型水爆を水星にセットして爆発させる。
これで水星の公転速度が一気に落ち、太陽に向かって落ちる。
その事で大量のガスが出、摩擦増で金星、地球、火星が太陽に落ちて行く。その変化に、木星もいずれ太陽に落ちて行く。この事は三体文明侵略の滅亡も意味する。これがあなたの合い撃ち戦略。
レイ・ディアスは突然その男の首を絞めあげ、頭を床に打ち付けた。
止める警備員。息を吹き返した破壁人は連れ出された。P53
PDC面壁計画公聴会で糾弾されるレイ・ディアス。破壁人が彼の作戦を暴露していた。この時の議長はガラーニン。人類に対する犯罪行為を裁くよう求める各国。反撃に回るレイ・ディアスは腕時計を見せた。
これは爆発しないための信号を常に出している。
危害が加えられれば水星まで信号が送られる。
調査で、彼の腕時計から何らかの信号が出ている事が確認された。
次いでレイ・ディアスは、送信先は水星ではなくこの近くだと言った。
場に緊張が走る。レイ・ディアスは母国に帰る事を要求し、航空機が手配された。ガラーニンが同行を申し出た。
専用機が飛び立った後、ガラーニンが受信装置のありかを聞くと、逃げるための方便だと言ったレイ・ディアス。携帯を改造しただけのもの。
専用機が彼を降ろした後、ガラーニンは国連本部に引き返した。
湧きたつ民衆の前に立ち「わが人民よ!」と叫んだレイ・ディアスに向けられた無数の石。胸、額と直撃した。
「お前のおかげでみんな殺されるところだった」
と言って大石でその頭を割る老女。P63
様々な人たちのその後が語られる。常偉思は退役し、過労がたたり68歳で死去。セイは事務総長を二期務めた後人類記念プロジェクトに尽力し84歳で死去。ガラーニンとケントは、羅輯がかつて暮らした北欧の家で死ぬまで暮した。
三体危機から一世紀。
危機前を知らない者たちは嫉妬と懐疑でその時代を思った。P66
第三部 黒暗森林
危機紀元205年
三体艦隊の太陽系到達まで、あと2.10光年
冬眠から覚醒した羅輯。185年冬眠していたという。
医師の許可が出て、羅輯を乗せたベッドが移動を始めた。
彼の心を動かしたのは、すれ違う人々の柔かいまなざし。
今は絶望の時代ではない様だ。
一般病棟に入ると、彼より五日早く覚醒した熊文という若者が、状況を簡単に説明。だが情報過多は回復の妨げだと看護婦が制止。
看護師が去ってから彼に面壁計画の事を聞くが、何も知らなかった。計画以前に冬眠に入ったらしい。
医師にも面壁計画の話を聞くが、古いジョークだと言った。
星に呪いをかけた人がいたが、と話すがそれも笑い話だと言う。
担当の看護師が、勤務明けに外へ連れて行ってくれるのに従った羅輯。外の青い空に驚く。
視線を下方に向けると森だと思ったのは巨大な構造物。
幹から枝が生え、その先に葉に相当する建物がぶら下がる。
ここはどこだ?の質問に「北京よ」だが歴史的な建物が何もない。
それは地上にあるという。何とここは深度千メートルの地下。
空は高度一万メートルから撮った映像を映しているという。
彼女が病院から持って来ていた傘の様なものを広げる。頭上に同軸プロペラが広がり、二重反転で回り始めた。それに乗って「またあした!」と飛び去った彼女。過去は、ほんとうに夢だったのだ。P85
応接間で太陽系艦隊連合会議のベン・ジョナサンに会う羅輯。
面壁計画の最後の公聴会出席に関する説明。
リモート会議だと言い、それまでの間にレクチャー。
まず国家の枠組み。統合により全世界で数ブロックに減った。覇権国家はなくなり、宇宙艦隊が台頭。アジア、ヨーロッパ、北米を合わせた三大太陽系艦隊。艦隊の主権範囲は宇宙だけ。
そしてハインズと山形恵子の姿が現れた。彼らもさっき覚醒した。
公聴会が始まった。
三体危機紀元2年に策定された面壁計画の経緯が語られる。
今日まで停滞期の一世紀を含み205年実施されて来たが、人類の成長及び主導権掌握により、面壁計画の中止議案が提出される。
全ての出席者が挙手した。これで残った面壁者の身分は解除され、一般市民の立場が回復される。
心の底から感謝した羅輯。ただ気がかりだった妻と娘のことを聞く。
今はまだ冬眠中。覚醒申請を出せるが、この世界に慣れてからの方がいいとのアドバイス。
応接間に残された羅輯。そこに大きな胴間声が聞こえる。史強だった。
二ケ月前に蘇生したという。白血病は完治し、肝硬変の前駆症状も治療された。連れ立って外に出る二人。P95
リモート会議で羅輯への接続が切られた時、まだ会議は続いていた。
発言を求めた山杉恵子。だが面壁者でない者の発言権はない。
「面壁者ビル・ハインズ、私はあなたの破壁人です」蒼白のハインズ。
精神印章運用が開始されて十年ほどして、それが犯罪行為として封印された後、ハインズは秘密裏に確保した四台の精神印章マシンを、いわゆる刻印族に渡した。
それは、今となっては害と言うほどではないという見解が出される。
だがその裏の秘密について山杉恵子がハインズを追及する。
冬眠に入るその瞬間、彼女は印章を押された者の目がハインズと同じだったのに気付いた。
そして印章マシンの秘密を暴露。ポイントはマイナス記号。
印章で勝利を確信させるプラス記号に対する逆モデル。
精神印章は敗北主義を確信させるものだった。
杞憂だという意見の一方、それに全く痕跡がないのが恐ろしい。P103
地下都市を歩く羅輯と史強。歩いている二人にエア・カーが突っ込んだ。辛くも逃れる二人。駆け付けた警官に、史強が事件にすると主張。
その後自分の家に行こうという史強について急ぐ羅輯。だが突然足下に穴が空いた。史強のおかげで助かる。飛んで来た担当者が自動開閉式のマンホールが誤動作したという。賠償の申し出。
ようやく史強が住むエリアに来て、その下のレストランに誘う史強。
史強が注文をした。近況を話すうち、彼の息子暁明が生きているとの報告。出所後彼も冬眠したという。今は地上にいるとの事。
女性タイプのウェイトレスが食事を運んで来た。そのほっそりとした手で史強の前のナイフを取る。史強は瞬間的にジャンプして羅輯を突き飛ばした。ロボットは彼が座っていた場所にナイフを突き立て続けた。
騒ぎにスタッフが駆け付ける。史強の告発にありえないと返すが、他の客も証言。事故として賠償が確約された。
史強の家に落ち着き、ソファに座る羅輯。睡眠薬を頼み史強が注文。すぐに届けられたが薬品名が違い、医療サイトで確認した史強。短期冬眠用の薬だという。システムを使わずに飲むと必ず死ぬ。
疲れてソファにもたれた羅輯は、この日最後の殺人未遂を経験する。
自動ソファに体がめり込み続け、二本の触手が彼の首に巻き付いた。
史強はキッチンから包丁を持って来て、その触手をを切り裂いた。
その時訪問者を告げるベル。私服警官が数人。
状況が説明される。二人の行動は追跡されていた。ネットワーク・ウイルスKiller5.2の仕業。IDから彼個人を攻撃するためだけにプログラムされた。羅輯が冬眠したためずっと潜伏していたという。
二人に、地上でしばらく暮す事を推奨する刑事。地上にはKiller5.2を動かせるハードウェアがない。P129
艦隊指令部で敬礼する章北海。相手は艦隊指令官。冬眠から覚醒して六日目。窓外に木星が見える風景。ここにある水素とヘリウムが核融合燃料になるため、三大艦隊は木星を拠点にしている。
我々のミッションはもはや不要と言う北海に事情を話す司令官。
未来増援計画はその後継続して続けられたが、大峡谷時代を乗り切るため、直近の者から覚醒させて戦力とした。危機が去り安定成長期に入ったため、初期のメンバーは最終決戦まで温存する方針とした。
話が精神印章に移った。覚醒してからその状況を聞いていた北海。
敗北主義を植え付ける印章。
彼らが軍に存在するなら要職に就かせるのは危険。
艦隊保有の695隻のうち、艦長が集中指揮するものが179隻。
この艦の艦長には信頼出来る者が必要。
今回覚醒した分遣隊メンバーは精神印章以前の者であり、職務として艦長が正常かどうかを判断して欲しい。P136
新たな任地に向かう章北海に随行する、アジア艦隊参謀長が状況を説明する。三体艦隊に先行して迫りつつある敵探査機との邂逅に向けて、各艦隊の軋轢があるという。それは名誉の問題。
そのうちにシャトルが目的のアジア艦隊旗艦<自然選択(ナチュラル・セレクション)>に接近を始めた。
最新の推進システムで光速の15%まで出せる。
艦に入り、巨大な球体に案内される。サッカー場ほどもあるその場所に、二千名の将兵が隊列を組んで浮いている。
正面に立つ三人の将校。中央の背の高い美女が階級章では艦長。
<自然選択>艦長の東方延緒ですと挨拶。プレゼントだと言って拳銃を渡された。私がもし敗北・逃亡主義者と判断したら射殺して下さい。
史強と共に地上に降り立った羅輯。熱い風が吹き付ける。階段を駆け上がる男に「息子だ!」と史強。感動の再会が落ち着いてから近寄る羅輯。冬眠に入るタイミングの違いで、親子は五歳ほどしか違わない。今までの事をかいつまんで話す史暁明。
史暁明一家の家に落ち着いた史強と羅輯。大峡谷時代とは何だったのかと聞く羅輯。世界経済や環境の変化が急すぎ、生活レベルがぐんぐん落ちた。そのあと農業生産高が急落して大峡谷時代が始まった。
世界人口は83億から35億になった。
このあと革命が起き、新たな各国政府は宇宙戦略計画を全て中止。
遺伝子工学と核融合に注力して大規模な食料生産を行った。
それ以降、僅か二十年で以前の水準に戻った。
その後、異常とも思えるテクノロジーの進歩が始まった。
だが世界は再び三体文明の侵略を思い出し、経済との折り合いをつけながら軍備を充実させて来た。P150
<自然選択>の船室で艦長の東方延緒から操艦の手順を聞く章北海。過去の訓練で、これには習熟していたが、辛抱強く説明を聞いた。
次いで推力を最大の第四船速にするための手順。
艦は120Gまで加速出来るが、乗員を「深海状態」にしなくてはならない。肺まで含めて高濃度酸素水で満たす事で加速度に耐えられる。
北海はこれらの操作を全てメモに取った。
一通りの操作を終えて東方延緒は、部屋を外部ディスプレイ・モードに切り替えた。ただ宇宙に浮かんでいる感覚。
190年前を思い出す北海。
宇宙服ひとつで隕石の弾丸を装填した銃を持っていた。P157
「探査機が消えました!」との報告を受けて驚く「リンギア-フィッツロイ
観測ステーション」のクーンとロビンスン。
六日後に木星軌道を通過する予定だった。
三体文明の探査機は、太陽系軌道に入るため減速動作を二年前から続けており、その光によって追尾していた。
見失ったのはエンジン停止を意味する。もはや追尾は不可能。
探査機を見つけるためのアイデアは「霧の傘」
油膜物質を核爆発で拡散する事で宇宙塵の広大な膜(星間雲)を作り、それで探査機の航跡を見つけること。P163
<藍影(ブルー・シャドウ)>の艦長は目に見えない星間雲を眺める。
戦艦<太平洋(パシフィック・オーシャン)>が作った星間雲から探査機
を見つけ出す、小型宇宙艇三隻の一つが<ブルー・シャドウ>
リンギア-フィッツロイ観測ステーションが観測した航跡から予測針路が割り出され<ブルー・シャドウ>に伝えられた。
十時間を超える追尾。そこで「見えました!」の声。
光の点の移動がはっきり分かる。船長は事態を理解した。
探査機はエンジンに再点火し減速を始めていた。
星間雲など作る必要はなかった。P166
<自然選択>の艦上では艦長 東方延緒から艦長代行 章北海への権限移譲プロセスが実行されていた。他の参加者は第一副艦長 列文と第二副艦長井上明。瞳孔、指紋、パスワードによる三要素認証。
東方延緒が引き渡し、章北海が新たにパスワードを設定して指揮権を取得した。その確定のため一人で船室に入った北海。
それから五分。更に五分経ってようやく章北海が部屋から出た。
「終わったよ」の言葉に嫌味を言う列文。
その時東方延緒が小さな叫び声を上げた。
艦が第四船速に入る寸前までの設定が既に終了していた。
総員に深海状態へ入るよう命令する北海。
あなたは刻印族?だがあり得ない。「ETO?」「違う」
深海状態なしで第四船速に入れば即死。
やむなく総員に深海状態に入るよう指示する艦長。
人員が深海状態になったのを確認して指示を出した章北海。
「<自然選択>、第四船速!」P171
アジア艦隊司令部は<自然選択>の反逆逃亡の事実を受け入れた。
当初探査機鹵獲行動と思われたが、全く反対方向。
破壊命令は出せるが、兵員のほとんどが人質であり出来ない。
追撃艦隊が出発した。P172
光速の1/10まで加速した<自然選択>
燃料は既に引き返し不能残量。
<自然選択>とアジア艦隊の交信。反逆の理由を聞かれるが、反逆ではないと言う。人類は必ず負けるため、この艦を一隻温存したい。
精神印章など不要。父とこの戦争の基本について塾考した。
いくらかの応酬を経て艦隊指令官は、燃料を使い果たした<自然選択>がほどなく絶対零度に近い幽霊船になる、と言った。P177
目を覚ました羅輯は、史暁明に起こされてテレビを見た。
星間雲を横切ることで侵攻が確認されている三体艦隊が、五時間前に七度目の確認をされた。
探査機以外で一隻の戦艦が先行しているのが確認された。
羅輯の住む区域にやって来た都市議員。陽光計画(プロジェクト・サンシャイン)」の主旨説明。人類に負けた三体人のために生存空間を提供するもの。激しい反発に晒され、トマトをぶつけられる議員。
ニュースの続き。探査機を鹵獲するために、三大艦隊のすべて二千隻あまりを出撃させると聞き「牛刀を以て鶏を割く」と揶揄する羅輯。
史強は本区の警察長官に任命されていた。そして同僚が来ていると羅輯に告げた。それは昔日の面壁者ビル・ハインズ。羅輯を探しに来た。
山杉恵子の事を聞くと、あの国連の瞑想室で自決したという。
敗北主義の夫を呪詛しながら死んだ。
その夜荘顔と娘の夢を見た羅輯。P185
木星と土星軌道の間を進む<自然選択>。
船室に閉じこもる章北海と通信で話す東方延緒。
投降しなさいと言う東方延緒に、まだその時ではないと言ってメモを取る章北海。後の判断に期待して。P187
丁儀は戦艦<量子>の窓から二千の戦艦群からなる光を見ていた。戦艦同士の距離は20キロと密集。参戦機会均等化のための方策。
彼は七年前に冬眠から蘇生して教鞭を執っていたが、三体探査機の実地調査メンバーに加わりたいと直訴して実現させた。探査機は自爆の可能性もあったが、83歳の老人には何でもする権利があった。
<量子>司令部での探査機確認。目標から500キロの距離から撮った映像では全長3.5メートルの完璧な涙滴型で、滑らかな全反射鏡面。
美術品のように見える姿に、いやな予感がすると言う丁儀は艦長に深海状態で待機するよう願い出た。P197
水滴の鹵獲ミッションは無人宇宙船<蟷螂(マンティス)>によって行われた。二千隻の艦内乗員百二十万人とTV視聴者30億人が注目。
慎重に接近しながら50メートルまで距離を詰め、ロボットアームを出した<マンティス>は更に接近。そして六本指が水滴を掴む。
それを十分保持した後、アームを少しづつ縮め、本体のメインキャビンに収納。そのまま二時間が過ぎたが変化はなかった。P200
自爆しなかったことで、この水滴が人類へのプレゼントだという事が確実になった。世界に広がる三体世界への同情と共感。
国連と艦隊は和平交渉の準備を加速させた。P201
木星の反対側を光速の1%で進む<自然選択>。東方延緒が、三体文明の探査機水滴が鹵獲された事を章北海に知らせた。
メモを書き終わった彼は、艦長権限の引き渡しに応じると言った。
だが減速に燃料を使用するなと言う北海。それを約束し、艦長権限を取り戻した東方延緒は、彼の身を守るためしばらく部屋を出ないよう求めた。P204
<量子>を離れたシャトルは<マンティス>に向かった。
乗員は丁儀他三名。隊列を眺める丁儀。
艦隊は宇宙空間に100×20の行列を作っている。
ドッキングはすみやかに完了。全員スペーススーツで<マンティス>に乗り込んだ。メインキャビンの真ん中に浮いている水滴。
最初に接触するのは丁儀でなくてはならない。手袋をした手でためらいなく触る丁儀。続いて三人の将校も触れた。
滑らかさを確認するため小型顕微鏡が出された。倍率百倍では鏡面のまま。それから千倍、一万倍にしても変化なし。更に上げ続け、電子顕微鏡の最大値にしても同じだった。
ロボットアームが一平方センチ当たり200キロの圧力で掴んだ部分を一千万倍に拡大しても同じ。
ハンマーを鏡面に叩き付けた丁儀。だがその場所にも一切傷は付かなかった。地球にある物質は水滴の前では紙切れのように脆い。
そこまで言って丁儀は「早く逃げろ!」と叫ぶ。
だが電波干渉で全てのチャンネルが遮断され<マンティス>の映像が消えた。
水滴の回りに光輪が出来て前後し、消えた。それから急加速した。
だが四人はその姿を見ることはなく、光輪の発する熱で蒸発。
そして<マンティス>の船体が爆発した。
その爆発から破片が飛んだが警報は出されず。破片とみられていたのは水滴だった。水滴は戦艦<インフィニット・フロンティア>を貫き、さらにその隣りへと戦艦を次々に貫いた。
水滴は1分18秒で第一列の百隻を貫き通し、第二列目に向かった。
指揮システムも人間も、敵宇宙兵力との交戦を疑わず、隊列を変える事がなかったため、二列目の百隻も餌食となった。
水滴が第三列目を潰滅する頃、真実に気付いたアジア艦隊将校。
戦艦から戦艦に攻撃が連鎖して行く様を捉えた。相手があの水滴だと艦隊指揮システムが認識したのは、攻撃から十三分後。
それまでに六百隻以上が潰滅した。
しかし、そんな中で第四船速に入り、脱出に成功した<量子><青銅時代>の二艦。
丁儀が出発前に提案した「深海状態」での待機を実施していた。
これ以外にも母艦が破壊される前に小型艇等で脱出した者がおり、民間船に救助された。
戦闘宙域はやがて静まり返った。三体世界のたった一機の探査機に全人類の航空宇宙兵力を潰滅された。同じような探査機あと九機が三年後には飛来し、次には三体艦隊千隻が迫る・・・P232
長い睡眠から目覚めた章北海。十五時間も眠っていた。部屋を出たが通路は無人。更に進み、三ヶ月前着任した時に挨拶したホールに入った。あの時のように将兵が隊列を作っているが、皆ホログラフィー。
前方の東方延緒だけが本人で、追撃艦の艦長四名のホログラフィーが横に並ぶ。
「先輩、あなたが救った五隻が人類の宇宙艦隊の全てです。どうか指揮官になって下さい」と東方延緒が敬礼。P235
艦隊全滅の報は、同時中継されていた地球にも伝えられ、史暁明が集団的精神崩壊だ、と嘆く。心配するだけ無駄だ、と羅輯P238
人類にわずかに残された七隻の宇宙戦艦は、太陽系をあとにした。
<自然選択>とその追撃艦計五隻と、水滴から逃れた<量子>に<青銅時代>
情報によれば人類文明は既に崩壊しかけている。地球への帰還は捨て、この人員を世界として存続させる。東方延緒の提案で<星艦地球(スターシップ・アース)>と名付けた。
第一回市民総会が開かれ、目的地はNH558J2という恒星が選ばれた。章北海が設定していたもので、ここから18光年の距離。
実年数にして二千年かかる。それは永遠とも言える航海。
星艦地球が独立国家になる事を地球側は黙許。P242
第二階国民総会の議題は統治システム。統治委員会を設置しての運営。だがその委員長になる事を章北海は辞退した。P246
その後憲法や社会構造の議論が活発に行われたが、ある時期から停滞。最大の敵はN問題。郷愁(ノスタルジア)
そして、特に中級以上の将校が精神バランスを崩し始めた。
主任心理学者 濫西が艦長の東方延緒へ助言を求めに行った。
人類が本当の意味で宇宙に出たのはこれが初めて。この環境では人間は・・・非人類になる、と言った艦長。翌日艦内で暴力事件が発生。
その二日後、戦艦<アルティメット・ロー>の艦長が銃で自殺。P253
章北海に会う東方延緒。責任から解放され、赴くまま勉強に励む。
別れ際「自然にまかせろ」のアドバイス。
副艦長 列文、井上明らとの会話。今まで避けてきた。
燃料問題。星間雲の通過で速度が低下し、NH558J2には六万年必要。辿り着けない。またシステムメンテナンスに予備部品が必要。
一部の人間の死か、全ての死か。超低周波水爆(人命以外には影響ない兵器)。彼らには我々の思考は分からない。猜疑連鎖。
誰が抜いても同じなら、我々が先に剣を抜く?
沈黙していた井上明が「我々が犠牲になる」
ナイフの上に立つ三人。目標をロックしてから決めるためにミサイル管制画面を出すと、他の四隻が既にロックされている。
走り出し、章北海の船室に来た東方延緒。中には入れない。
地獄に行く覚悟は出来ている、と北海。
ミサイルの自動自爆設定を済ませるところだった。
目標手前で爆発する事で、施設を破壊せず生命のみ奪う。
だがそこに警報。彼はその意味を悟った。攻撃は<アルティメット・ロー
>から。他の三隻へも同様に発射された。
だが三隻のうち<藍色空間>だけは艦内を真空にして超低周波をキャンセルし全員が宇宙服を装着。死傷者はなし。
<藍色空間>の兵器で<アルティメット・ロー>は破壊された。
彼らとは離れて運行していた二隻。<青銅時代>が<量子>を同様の超低周波水爆を使って攻撃。
<藍色空間>は残った戦艦から燃料と必要な維持部品を回収。
墓所か作られた。遺体の数は4,272人。
そして同艦はNH558J2に向かった。その翌年<青銅時代>も加速して牡牛座方向へ航行を始めた。
両艦に向かって地球から呪詛と罵倒のメッセージが殺到したが、一切の反応はなかった。P266
「やっぱり!」二つの宙域でほぼ同時に起きた暗黒の戦いを知って叫んだ羅輯。人類勝利の鍵を掴んだという彼に驚く史強。
国連事務総長又は艦連議長に会う必要があると言う羅輯に、まずは市長からと言う史強。ニュースでは水滴が地球に来るのは十時間後。
混乱する街を史強と共に進む。長い時間をかけてようやく会えた市長は、暴動で二日前に死んだ市長の後任。来意を説明するも、上への連絡は無理だと断られた。
市長に水滴の状況を聞くと、ニュースでは今から四時間54分後。
ここを離れなければと言う羅輯。水滴がこいつを狙っているという史強の言葉を笑う市長。P276
本当に自分のところへ水滴が来ると信じている羅輯は、史強と共に車で西へ走った。車を停め、降りた二人。
一人で人のいない所まで行くと言った羅輯。
「ここで待ってる、終わったら一緒に帰ろう」
走りながら、二世紀前ホンダ・アコードに乗って隣りに乗る彼女を見ていた事を思い出す。
車載テレビで見る水滴の情報。見晴らしのいい場所に車を停め、テレビを持って腰をおろす。落下地点予測が出る。
残り時間をつぶすため、この生涯を振り返る羅輯。そんな時間を過ごした後、TVは水滴が高度二万メートルから急に方向を変えたと伝えた。そして地球から150万キロ離れた、地球と太陽を一直線で結んだラグランジュ点で静止した。
十分経っても何も起きなかったが、分析によれば水滴は太陽に向かって強力な電波を出し続けているという。それは太陽が増幅出来る全帯域をカバーし、増幅によるメッセージ送信を阻止するものだった。
そこにエア・タクシーで乗り付けた史強。力が抜けて横たわる羅輯。
「ああ大史、これで自分の人生を歩める。全てが終わったんだ。P283
居住区に近づくと、驚くような人の波。
史強が様子を聞いて戻って来ると「おまえを待っているんだとよ」
「主よ、われらを救いたまえ!」「人類をお救いください!」
様々な言葉が行きかう。
歩み寄って来た二人。一人はハインズ。もう一人は軍人。
面壁計画は復活し、羅輯ただ一人が面壁者に指名されたと報告。
この使者はベン・ジョナサン。
しばらく考えて聞いた羅輯「呪文が・・・効いた?」
187J3X1星が破壊されたという。破壊されたのは五十一年前。
一年前に観測されていたが、今日の午後それが発見された。
これからの事を聞く羅輯。面壁法の範囲内で何をしてもいいと聞き、
第一に、全ての都市の秩序を回復し、正常な生活に戻す事。
第二に、全員家に帰ってください、と言った。
世界中が聞いている。ハインズ、ジョナサンも帰した羅輯。
わけがわからん、と言う史強を先導して歩く羅輯。P291
腰をおろして話し始める羅輯。
宇宙文明の二つの公理。
その一:生存は文明の第一欲求。その二:文明は絶えず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定。
例えば一滴の血から事件当時の状況復元が出来る。
あの<星艦地球>は宇宙文明の縮図だった。
例え話をするために煙草をもらって火を点け、史強のそれと並べた。
僕の文明と君の文明。君は僕の存在を知ったが、僕は知らない。
そこで善意と悪意を考える。君は僕に対しどんな行動をとるか。
善意を期待してコミュニケーションを取ろうとする?
ここで猜疑連鎖という概念が出て来る。
もし君が僕を善だと思っても、安心はできない。それは立場を入れ替えても同じ。もし地球ならコミュニケーションで解決出来るが、宇宙では暗黒の戦いの様になる。
<星艦地球>の五隻の宇宙船は、一種の疑似宇宙。一つの種で距離も近かったが猜疑連鎖が出現した。本物の宇宙社会ではどうなるか、想像もつかない。
史強が反論。おまえが俺よりずっと弱ければ俺には脅威ではない。
そこで導入する概念が「技術爆発」
人類文明の五千年の中で、科学技術が発展したのはここ三百年。
宇宙の時間スケールから言えば爆発と言っていい。
他の文明ならもっと早いかも知れない。
今は弱い僕が君のメッセージを受け取って、それが技術爆発の導火線になったとしたら、よちよちだとしても君にとって大きな危険になる。
結論を言えば、僕の存在を知った君には選択肢が一つしかない。
真実の宇宙はひたすら暗い。暗黒の森と同じ。
あらゆる文明は息をひそめて猟銃を構える。
ところがここに人類というバカな子がいて「自分はここだ!」と叫んだ。送られた情報では太陽系三体星系間の距離と大まかな方向だけ。
「おまえの呪文はどうなんだ?」
「僕は太陽で増幅した三つの画像を送った。三次元画像から187J3X1とその周囲の恒星との位置関係が分かる。狩人は的確に撃った。
「おまえの呪文はもう送れなくなった」
「そうだ、太陽を封じられてしまった」
話を終えると、史強は助けが要ればいつでも来ると言った。P302
二日後、羅輯は面壁計画公聴会にリモートで出席した。
僕の呪文を宇宙に発信するほどの出力を調達出来るかと聞くが、水滴の電磁波封鎖のため不可能。そして三年後には残りの九個が到達する。呪文の秘密を公表せよと迫る議長。どうやって破壊したか?
答えを拒否する羅輯に、妻子の蘇生を条件に出した議長。
新たな任務が提案される。
九個の水滴が既に太陽系に到達しているが、自己修正で減速時にも発光しなくなったため追尾が出来ない。
そのため「斑雪計画」を率いて欲しい。
それは油膜物質と恒星型水素爆弾を使って星間雲を作り、航跡で水滴の位置を知るもの。
効果を疑問視しつつも、妻子の蘇生を期待して引き受ける羅輯。P307
しかし「斑雪計画」の推進は遅々としていた。油膜物質も、レイ・ディア
スが残した水爆も、必要数量には足りなかった。
だがそんな状況で羅輯は計画にのめり込んだ。例えば核弾頭にイオンエンジンを搭載しての位置制御。
そんな彼を見て世間は失望した。
それは彼が妻子に会いたい一心からだとの風評。
一年半ののち、計画は停滞。計画に必要な油膜物質は必要量に遠く及ばず、水爆は3,614発を配備したが計画の1/3しかない。
羅輯の評価は次第に凡人からペテン師へと変わった。P310
危機紀元208年
三体艦隊の太陽系到達まで、あと2.07光年
新生活ヴィレッジ5区の住民代表会議は、羅輯の立ち退きを決定した。
要因は彼に与えられるヤジやそれに伴う取材もそうだが、冬眠者たちに与えた失望が大きい。
その決定を通知するために出向いた理事長は、その部屋に入って驚く。ゴミにまみれ酒と煙草の臭い。ゴミの中にやっと彼を見つけた。
住民代表会議の決定が伝えられる。
明日出て行きますと言った羅輯がリュックを背負って出たのは二日後。ハイウェイで、通りかかった車に乗せてもらうが、しばらく走るうちに羅輯だと分かり降ろされる。
次にバス停から無人バスに乗るが、ここでも乗客から責められて降車。幸い目的地近くまで来ていた。
その目的地は墓地。目指す墓はすぐ見つかった。
「楊冬之墓」その隣りには葉文潔の墓。
その墓の隣りに自分の墓穴を掘り始めた。下方ほど土は堅くなる。
休み休み作業するのがやっと。
夜半過ぎの星空。二百十年前のあの夕暮れ持、この場所で葉文潔と同じ星空を眺めた。
体力を使い果たし、墓石にもたれかかるうちに眠ってしまった。
目を覚ますと、夜は明け始めていた。
苦労して立ち上がると、彼はポケットから銃を取り出し、地球文明と三体文明の最後の対決を始めた。P320
「三体世界に話がある」と普通の声で言った。
左手を上げ、腕時計ほどのものを見せた。二世紀前、面壁者レイ・ディアスがやった事を覚えている筈だ。それと同様のもの。
斑雪計画で太陽軌道上に配備した、3,614発の恒星型水素爆弾に繋がっている。もし僕が死んでシグナルが消えればこれらが爆発。
そして油膜物質により形成された星間雲による遮蔽で太陽が明滅して見え、三枚の画像に相当する信号を送り出す。
データ内容は三体世界とその周囲の恒星。この情報を受信出来る文明なら数日以内にデータ入手できる。
羅輯は自らの心臓に銃口を当てた。
三十秒の猶予を与えると言い、心でカウントを始めた。
目の前に、智子の低次元展開なのか、三つの球体が現れた。
その三つの球体の表面に同じ言葉が並んだ。「やめろ!」
まず銃を下ろせ、それから交渉に応じる。
要求は、例の探査機の太陽への電磁波放射停止。
「そのとおりにした」意外に早い返答。
確認するすべはないが、背景ノイズが消えた感じ。
次は残り九個の水滴を針路変更して太陽系から離す。
二、三秒遅れて「そのとおりにした」
探査機は全て可視光を発しており、観測可能だという。
最後の条件、三体艦隊はオールトの雲を越えてはならない。
方向転換は死に至る道になると返事に、今すぐ始めるよう要求。
三分間の沈黙のあと、十分後に方向転換を開始すると回答。
二年後に検知可能となる。
胸から銃を離した羅輯は、宇宙が暗黒の森だと知っていたかを聞く。
おまえたちが今まで知らなかったのが不思議だ・・・
我々の失敗は戦略を見抜けなかったことにあったのか?
うなづく羅輯。僕の真意を見破るチャンスは何度もあった。
核弾頭のリモート制御がそう。
「そろそろ交渉を始めよう」
それはもう、僕の領分ではないと言い、長い息を吐いた羅輯。
人類の交渉者がするであろう対応を話した。送信システム構築。
彼らは智子による物理学の封鎖解除を予想したが、羅輯はそのことが針路をそれた三体艦隊を人類が救う事になると助言。
最後に、ありがとうと言う羅輯。
「どうして?」
僕に生きる道を与えてくれたから。あるいは、あなたたちとぼくらの双方に生きる道を与えてくれたから。
球は消え、智子は十一次元の極微状態に戻った。
もと来た道をのろのろと帰る羅輯。P327
五年後
羅輯一家は、はるかかなたの重力波アンテナを見た。走り回る娘。
二人は何度もそうしたように今また視線を交差させた。
誰もが星々をつないだネックレスを作り、恋人の首にかけられる。
「それが愛ですか?」
低次元展開された智子の上にその文字が現れた。
相手がどこからのものか分からない。
抗議したいという。昨日の彼の講演を聞いていた。宇宙の本質が黒暗森林だと気付くのが遅れたのは、人類に愛があるからだ・・・
愛を持つ種族は恐らく人類だけだろうとの考え。
少なくとも三体世界には愛がある。文明の生存戦略にとって利益にならないため抑圧された。
誰かを聞くと二世紀半前、地球に警告を送った監視員だという。
ずっと脱水状態にあったため、長くは生きられないという。
愛の種子は、宇宙の他の場所にも存在するかも知れない事をあなたと議論したかった。
いつか、黒暗森林に眩い陽光が差し込むという夢があると言った羅輯。走り回る娘が夕焼けを浴びている。
「もうすぐ太陽が沈みます。お嬢さんは怖くないのですか?」
もちろん。あしたも太陽が昇って来るのを知っていますから」P333