朝日 新聞小説 「カード師」(2) 10/14(14)~11/1(31)
作:中村 文則 画:目黒 ケイ
バックナンバー (1)
最悪の男 1~8
外資系の高級ホテル。
出迎えの女性に従って29階の部屋に案内される。
英子氏から依頼された、専属占い師になる相手の男。
女性は多分秘書。
スマホに入っていた情報では投資会社社長。佐藤から始まる姓名、生年月日も各種占いで最上のものであり、虚偽だろう、そして占い狂。
歴史上の王たちに仕えた占い師に思いを馳せる。
古代ローマでは占星術が使われ、占いに縛られて王自身が死期を早める結果にもなった。
女性がドアを開け、入室を促す。
上下白の高級トレーナーを着た男が座っていた。
自分が関わったと言われる、知らないクライアントとのエピソードを聞かされる。成功に導いたが、その後病死。
近づく事を止められる僕。手前にあるテーブルにタロットカードを出す。
出たカードそのものにあまり意味はない、集中力を増すための道具。
ウェイト=スミス版のタロット。彼はその絵柄の背景を知っていた。
大まかな運の流れを知ろうとした時、男が自分の近い未来の何かをずばり当てろと言った。占いがずばり当たる瞬間を味わいたい。
速くなる鼓動を抑えるために、細く長く息を吸う。
既に男の何かを知った現在、もう逃げられない。
もし外せば今後この業界では生きられない。
この男は一線を越えている。イカれている。
当てた時の高額報酬と、契約書について男が話そうとしたのに対し、口頭契約でいいと返す僕。
ここへは相談役のつもりで来たが、それ以上を要求されている。
だから契約の時に髪と爪を求める。
ゾロアスター教では、契約を破った相手の髪と爪を焼くことで、その人生の最重要なものを損なう事が出来る。
やってみろ、なかなかいい、と男が言う。
僕は先のカードをしまい、オリジナル-発狂した物理学者が作ったもの-を出した。
タロットが作られた時代の宇宙観にはない、現在の宇宙、物理学の理論が記されている。
相手をしばらく見つめた後「・・不思議な人生ですね」
あなたのような人は五人目です、の言葉で相手のプライドをくすぐる。
カードを切って五つの束に分け、男に重ねさせる。
占いの領域に入りたくない相手のために手袋を提供。
男はそれを嵌め、カードを一つにまとめた。
カードを並べて行く僕。13枚。<重力> <嫉妬> <傷> <ホログラム> <恐怖> <ブラックホール> <反物質> <無意識6> <非局所性> <過去> <意識2> <罪> <神>
「この並びは偶然か?」 「あなたが重ねた」
実は五つの束全てがこの並び。
示唆的なカードが出た事を匂わせるが、断定はしない。
沈黙の時間を五分と決めた。
「線がある・・・・動いている。点滅している」それと小さなノート。
二週間後の前後に、あなたにプラスになる事があると伝えた。
その時期にはエネルギーをなるべく使わない事。
女性との関係はあの秘書だけにしてください。
「なぜわかる?」 「余波のようなものが出ていた」
男の視線。カードに手を伸ばす仕草で不意に僕の手首を掴んだ時、グレーのリングが嵌められていた。
GPSだという。外せば信号が彼に送られる。「これが私のやり方だ」
そして男は立ち上がり、無言で退室を促した。
部屋を出ると、秘書の女が待っていた。「彼は君を捨てる」と伝える。
赤紫 1~6
GPSで自宅アパートを知られるわけに行かないので、占い用のマンションに泊まる。二週間後に、この手首のリングを外して逃げるための荷造りをスーツケースに収めた。
顧客である岸田亜香里の到来を告げるチャイム。
美しい。懐かしさに近い感覚。
母親との関係に悩む岸田。タロットの占いでそれを励ます。次第に快方に向かっている。
まだ時間があると言って、78枚のタロットを並べ、気になるものを一枚選ばせた。ウェイト=スミス版で心理分析的な事も出来る。
彼女が選んだのは<聖杯ペイジ>。
美青年風の若い男が手に持った聖杯を見つめている。
カードの細部についてコメントを入れて行き、言葉を促す。
「チューリップ柄の服・・・」
その先を話すのに躊躇する彼女。無理強いはしない。
小学五年の頃、彼女を好きな男子がいた。それには応えられない自分。ある日クラスの何人らと川遊びをした時、その先の土手に咲いているアネモネが見えた。赤紫の花。
急にその花が欲しくなって、先の男子に「あれが欲しい」と言った。
嬉しそうに、流れの速い川を渡って花を取りに行った男子。危ない、と思ったと同時にとても気持ち良くなった(性的に)。
男子が川に流れてしまえばいい、という思いがそこにあった。
結局男子は流されもせず花を取って来てくれた。
自分を酷い人間だと言う彼女を慰める僕。
「自分を責め過ぎないことです」
破滅願望、自殺願望だったかも知れないが、それは言わなかった。
何かを言いかけたが、帰って行った彼女。
”ディオニュソスの会”を意識したのは岸田が帰ったからか。
二週間後の逃亡に対する躊躇。
ギリシャ神話の神、ディオニュソス。別名バッカス。
酒と乱交、仮面と予言の神。
”ディオニュソス”の時間 1~4
ディオニュソスの密儀に関するレクチャー。
古代から行われていた同性愛でもタチ役は優位で、受け手側は常に蔑視された。ディオニュソスの密儀はその受け手側も解放した。
地位も立場も性別も越えた乱交。
キリスト教が広がる前、最も人気のあった密儀がこれ。
僕が関わった”ディオニュソスの会”はその密儀をジョークとして再現したもの。以前僕が占いの顧問をした老人が創設して、会員の男女が酒を飲み、性を解放した。
老人はその様を理想として楽しく眺めた。参加を促されたが、僕も眺めている側になっていた。
老人には子がなく、彼が死んだ後、会は税理士に引き継がれた。
久しぶりに会のサイトを見ようとしたが、閉鎖されていた。
会の場所はここから遠くない。近くまで行ってみようと出掛ける。
表向きはバーで、その地下に会のアジトがあった。だがそこは今コンビニになっている。
税理士にメールを送ると、密告による取り締まりで消滅したとの返信。
老人の死の一ケ月前、彼の前で病は結果的に治り、まだ五年先まで寿命の尽きる先が見えないと占っていた僕。
「君が占いを信じていないのは知っていた」と言う老人。
懐疑的な者が近くに居た方がバランスが取れる。私の前で君はは伝統的な手法で占った解釈を選んでいる。そういうものを知りたかった。
君が見せる無表情が気になったと続ける老人。とても悲しく、何かに届いてしまっている様な。
大した事ではないという返事に、それを誰にも話していない事を知る老人。それは取っておいて、愛する人にするべきだと言う。
人の人生は、百億年以上続く宇宙の片隅で点滅する、光の群れの一つに過ぎないと言う老人。
そして、私の人生は幸福だったとも。
点滴を受けながら続ける老人。今思うのは感謝と謝罪。
伝統的な占いでは、私の寿命はここでは尽きない。
でもわかるんだ、自分の最後は。
占いは外れ、老人は亡くなった。死の瞬間、いや死後に、何か見たのかも知れない。
通りにあったバーのほとんどが亡くなっており、唯一残っていたのは最も態度がよく、最も料理の味か濃い店だった。
僕はそのバーに入るのをやめ、タクシーを拾った。
感想
件の男、佐藤なにがしとの攻防、顧客 岸田亜香里の対応、そして秘密クラブ”ディオニュソス”のいきさつが描かれる。
やっぱ雇い主だから「英子氏」なのか。ちょっと違和感あるが・・・
佐藤がいきなり未来を占えとの無理難題に「線、点滅、ノート」というキーワードを伝えて、さて二週間後首が繋がっているかな?
岸田を好ましく思う僕と、彼に嫌われたくない岸田。このエピソードが後に繋がるのか。
そしてディオニュソス創設者の老人との会話で「僕」の抱える闇が示唆される。
キャストが出揃って来た。さてこれらがどう動き出すのか、楽しみ。
しかし、本人の名前が判らないことには三人称表現にも出来ない。困ったものだ(笑)
この「僕」についての疑問。トランプとタロットが、確かに同じカードではあるけど意味合いは全く違う。
ポーカーなら勝負だからどんな積み込みをやっても「勝てばいい」。
だが占いで積み込みをする意味があるのだろうか。
今回の場合、求められているものが全く判らない状況で、一体何を抽出するために積み込んだのか。
相手もタロットを知っている前提で、逃げ場のないカードが出るのを回避した? まあそれなら納得。
占いを信じない者が占いをする・・・この逆説も読み進むうちに明らかになって行くのだろう。