監督 アンドレイ・タルコフスキー
脚本 アンドレイ・タルコフスキー、トニーノ・グエッラ
キャスト
アンドレイ・ゴルチャコフ :オレーグ・ヤンコフスキー
ドメニコ :エルランド・ヨセフソン
エウジュニア :ドミツィアナ・ジョルダーノ
ゴルチャコフの妻 :パトリツィア・テレーノ
予告編
オープニング
あらすじ映像
感想
タルコフスキーの作品は他に「惑星ソラリス」しか観ていない。意思を持つ海が主題のため、水の表現に卓越したものを感じていた。
今回の作品はエンドクレジットで「母の思い出に捧ぐ」とあり、彼自身を描いている部分もあると思われるが・・・何せ長くて、何度か眠ってしまった・・・・
話の概要としては、ロシア作家のアンドレイが、女性の通訳を伴ってイタリアを取材旅行する間の出来事を描いたもの。
最初通訳のエウジュニアの透明な感じが好ましかったが、行動を辿るうちに、意外に愛される事に対する執着心が強くてびっくり。
胸をはだけてアンドレイを誘うシーンは、見事なバストに目を奪われたが、全く興奮しない。要するに聖人君子的なアンドレイの性分を判った上での行動なので、そう感じたのだろう。
このエウジュニアがアンドレイの妻と抱き合うシーンがあったが、あくまでもアンドレイの想像なのか。
最初は、自殺した音楽家サスノフスキーを取材するのが目的だったのが、温泉で知り合ったドメニコに興味を持つアンドレイ。家族を7年間も監禁したというドメニコの心の闇。
それがアンドレイと語り合う事で心が解放されたのだろうか。ローマでの三日間に亘る演説と、それに続く焼身自殺。
アンドレイもドメニコに依頼された苦行に意味を感じ、心臓に危険を抱えながらもそれに挑戦する。
ドメニコの家で、家の中になお降っていた雨は「惑星ソラリス」でも出て来た設定。また泉から続く水路を彷徨うところでの水の流れも「ソラリス」の冒頭で出て来た印象に繋がる。
とにかく水が美しい・・・・
水の記憶が、彼の幼少の頃と関係があるのだろう。
それから修道院廃墟での最後のシーンで、アンドレイの後ろに見える家は、冒頭に出て来た彼の生家。
そもそもあんな場所に建っている筈がないから、心象風景なのだろう。
これは「ソラリス」のエンドロールでも出て来た、海の中に作られた架空の世界に繋がるもの。
結局この映画は、あまり細かくストーリーを追うのではなく、霧の深い濃密な空気感、水の表現などを楽しむためのものだという事か。
交互に切り替わるカラーと白黒の表現も印象深い。
あらすじ
イタリア。霧の中を走る黒いワーゲン。車を止めて女が先に降りて絵を見に行った。男は行きたくないと言うが、車からは降りる。
男はロシアの作家アンドレイ・ゴルチャコフ。女は通訳のエウジュニア。
教会を訪れるエウジュニア。
子宝をお望みか、その逆か?と訊ねる堂守。どんな願いも叶うが、その前に跪きなさいと言われたが出来ないエウジュニア。
そこで行われる儀式。運ばれるロウソクとマリア像の神輿。
なぜ女性だけが神にすがるのか?と聞くエウジュニアに、女性の方が信仰心が強いから、と堂守。
女の役目は子を産み育てる・・・それだけ? わからん。
離れて行くエウジュニア。
マリア像の胸が開かれ、多くの小鳥が飛び出した。
ホテルに着いた二人。
エウジュニアが読んでいるというアルセニー・タルコフスキーの翻訳詩集を「捨てろ」と言うアンドレイ。「詩は翻訳出来ない」
「トルストイ、プーシキン・・・・翻訳のおかげで世に出た」とエウジュニア。
奴隷になるのを承知で帰国した音楽家サスノフスキーの気持ちを聞くエウジュニアに、これを読め、とサスノフスキーが書いた手紙を渡すアンドレイ。
係の者に案内されて部屋に行く二人。エウジュニアは上の部屋。窓を開け、部屋をチェックして回るアンドレイ。聖書を開く。
部屋の外にエウジュニアが来て、モスクワの奥さんに二人とも電話していないと言う。相手をしないアンドレイ。
その後ベッドに横たわると眠ってしまうアンドレイ。いつの間にか雨が降り出した。妻の夢を見る。
エウジュニアの呼び声で目を覚ますアンドレイ。二人で近所の温泉に出掛けた。
妙な雰囲気のある男、ドメニコに出会う。温泉に入っている男女の話によればドメニコは、信仰心が高じて家族を七年間も閉じ込めていた。
ドメニコに興味を持ったアンドレイは、彼の住所を聞き出し、エウジュニアに頼んで話を聞こうとした。
だが相手にされない。ただ自転車を空漕ぎするドメニコ。直接対応しようとしないアンドレイに腹を立て、ローマに帰ると言って去ってしまうエウジュニア。
仕方なく自らドメニコに話しかけるアンドレイ。特に拒否もせず家の中に導くドメニコ。
家の中に流れるベートーベンの「喜びの歌」。赤ん坊の人形の写真。
ドメニコの言葉。一滴に一滴を足すと大きな一滴になる。二摘にはならない・・・・
男の家の中で、なお雨が降っている。点在する瓶に落ちる雨滴。壁に書かれた1+1=1の文字。
ドメニコに寄り添う愛犬のゾーイ。
ドメニコがワインとパンを差し出す。受け取るアンドレイ。
ドメニコは続ける。もっと大きく考えるべきだ。私はエゴイストだった。家族だけを助けようとした。
そして自分が行おうとしている苦行を説明。温泉の端から端までロウソクの火を灯して渡る。だが自分には出来ない。狂人として追い出される。
その苦行を引き受け、ロウソクを手にするアンドレイ。
ホテルに戻ると、彼の部屋にエウジュニアが居て、ベッドで髪を乾かしていた。自分の部屋が断水だったと言う。
ドメニコから渡されたロウソクを見せるアンドレイ。
なぜ何でも怖がるの?と胸を出して挑発するエウジュニア。だが相手をしないアンドレイ。
屈辱を感じて乱れるエウジュニアは、雑言を浴びせる。
「正気じゃない」と部屋を出ようとするアンドレイを追い「偽善者!」と叫ぶエウジュニア。そんな彼女の尻を叩いたアンドレイは、瞬間的に平手打ちの反撃を受けて鼻血を出す。
エウジュニアはローマに戻って行った。
幻影を見たり、泉を彷徨ったりするアンドレイ。出会った少女アンジェラに話しかけるが、イタリア語が下手だと自虐。「人生には満足よ」と返すアンジェラ。
詩集を燃やすアンドレイ。そこで目覚めた。父親の思い出。
一人で戻ったアンドレイにエウジュニアからの電話。
ドメニコが、あるイベントのためこちらに来ているという。まるでカストロ気取り。あなたが義務を果たしたかどうかを気にしていると伝える。
それを聞き、予定を変更してあの「ヴィニョーニ温泉」に戻ったアンドレイ。
カンピドリオ広場の、マルクス・アウレリウス像の上に立って演説をするドメニコ。
私の中で祖先が語る
頭と体の中に同時に生きるのは無理だ
故に一つの人格にはなれない
私は無数の事を同時に感じられる
現代の真の不幸は、偉大なる師はいない事だ
我らの心の道は影に覆われた
無用と思える声に耳を傾けよ
忙しい頭脳から、長い下水道管や学校の壁を外せ
アスファルトや福祉書類も要らん
昆虫のうなる音を頭脳に入れろ
皆の耳と目そ満たすのだ
大きな夢の始まりによって「ピラミッドを建てよう」と誰か叫べ
実際に建てなくてもいい。願いを育てるのだ
あらゆる意味で魂を広げるべきだ
果てしなく広がるシーツのように
もし諸君が進歩を望むなら、互いに手をつなげ
健やかな者と病める者を混ぜ合わせるのだ
健やかな者たちよ。その健やかさが何になる?
人類は絶壁を見ている。皆が転げ落ちる絶壁を
自由など要らん、諸君が我々を直視出来ないなら
共に飲み食い出来ないなら
共に眠れないのなら
健やかな者こそが世界を破滅へと導く
人間よ 従うのだ
お前の水の中に 火に、そして灰に従え
灰の中の骨に
骨と、灰に従え
街を放浪するアンドレイ。打ち捨てられた棚の扉を開いたところに、初老の男の姿(父?)。
ドメニコの演説は続く。
お前はどこだ?
現実にも空想の中にも存在しない。新しい契約だ
太陽は夜輝き、八月に雪が降る
強者は滅びる。弱者が生き延びる
バラバラになった社会は統一される
自然を観察すれば、生命は単純だと分かる
原点へ戻るべきだ
誤った道へ迷い込んだ あの地点へ
根源的な生活に戻るべきだ
水を汚さずに 何という世の中だ
病める私が言うのだ 「恥を知れ」と
さあ 音楽だ
周りの者が準備を始める。男がドメニコに四角い缶を渡す。
言い忘れた。
母よ 母よ 大気とは軽やかなもの
頭の周りを巡るもの
あなたが笑えば さらに輝く
そして油を頭からかぶるドメニコ。
ゾーイが心配そうに立ち上がり、小さく吠える。
手にしたライターで火を点けるドメニコ。。
駆け付けるエウジュニアと警官。
像から落ち、背中を火に包まれながら歩くが、その先て倒れ、動かなくなったドメニコ。
温泉に戻ったアンドレイ。湯は抜かれており、清掃の者がゴミを拾っている。
その場所に降り立ってポケットからロウソクを出し、ライターで火を点ける。端の壁に触れてから歩き出す。炎が消えないように手をかざしてそろそろと歩く。
だが火が途中で消える。しばらくしてまた元の場所に戻り、火を点けて壁に触れ、また歩き出す。次はコートの裾を開いて風よけにした。
風よけも途中でやめ、前回よりは進んだと思われる所で再び火が消える。茫然と立ちすくむアンドレイ。だが気を取り直し、再び湯船の端へ。
ロウソクに火を付け、また壁に触れてから歩き出す。
とうとう湯船の端までたどり着いた。端の棚部にロウを落としてロウソクを固定する。
その場に倒れるアンドレイ。送迎のタクシー運転手や周りの者が駆け付ける。
屋根のない、礼拝堂の廃墟。その中央で半身を起こしたアンドレイがこちらを見ている。動かない。
カメラが次第に引いて行き、姿が小さくなって行く。
そして雪が降り出した。
エンドクレジット
「母の思い出に捧ぐ -アンドレイ・タルコフスキー-」