夏目漱石の作品は、以前朝日新聞の復刻版で「坊ちゃん」と「三四郎」を読んだが、いずれも時々歯抜けで、「読破した」とはおせじにも言えない。
短編ならと、この「夢十夜」を選定。青空文庫なので無料で読めるし。
第五話まで進めて1年も放置。今回ようやく全部片付けた。
ただし、あらすじをまとめたところで、ひょっとして映像はないか、とYouTubeを拾ってみたら、とんでもないものを見つけてしまった。
【夢十夜】 第六夜 監督:松尾スズキ
やっぱ、アングラの人だなぁ、とつくづく思う。夏目漱石の小説に、こういう演出を持ち込むセンスがすごい。
出演者の名前をググってみたが、15名見事にヒットなし。こんなに芸達者なのにマイナーでしかない人々。演劇の闇の深さを知る。
石原良純は友情出演だろう。あの男は阿部 サダヲ・・・・か?
ここからが本編。ごゆっくり。
あらすじ
第一夜
横たわる女。もうすぐ死にます、と言いながら血色も良く、とても死ぬとは思えない。
自分に、死んだら真珠貝で穴を掘って埋めてくれと頼む。そして天から落ちた星の破片を墓標にして欲しいと。
そして百年待っていてくれたら逢いに来る、と言って息絶えた。
自分は言われた通りにしてから、女の墓の隣に座った。
日の出、日の入りを延々と数え続けた。勘定しつくせない程の繰り返しで、女に騙されたのではないかと思うようになった自分。
すると墓石の下から茎が生え、自分の胸あたりまで伸びて来て、一輪の花を咲かせた。その花弁に思わず接吻する。
空に輝く暁の星。百年が過ぎたことに初めて気がついた。
第二夜
一人の侍。和尚との問答で「侍のくせに悟れぬのは侍ではない」と軽侮され、寝床で呻吟する。置時計が鳴るまでに悟れれば和尚を斬り、悟れなければ自刃すると決めた。
だが焦ればあせるほど悟りとは程遠い状況に苦しむ。
忽然と置時計がチーン、と鳴る。はっと思った侍、短刀に手をかけた。そして二つ目のチーン。
(果たして和尚を斬ったのか、自害したのか)
第三夜
六つになる自分の子を背負っている。いつの間にか子は盲目になっていた。だがまるで見えているような受け答え。
怖くなって捨ててしまおうと森を目指した。見えないにも関わらず、道順を指図する子供。
言われるままに歩き続け「ここだ、ここだ」と言われて杉の木の前で止まる。
「お父っつぁん、この杉の根の処だったね」「お前が俺を殺したのは、今からちょうど百年前だね」
自分が人殺しだったと自覚したとたん、背中の子が石地蔵のように重くなった。
第四夜
広い土間の小几に座って爺さんが酒を飲んでいる。カミさんがいろいろ聞くが、適当な返事ではぐらかす。
そのうちふらっと外に出た爺さん。後に続く自分。
腰に瓢箪、肩から四角い箱を下げている。手拭いを地面に置いて、これが蛇になると言って、笛を吹きながら手拭いの周りを廻る。
突然手拭いを箱に入れて歩き出す爺さん、「蛇になる、きっとなる」と唄いながら。後を付いていく自分。
爺さんは河原まで出てざぶざぶと川に入って行った。「深くなる、夜になる」と言って歩き続け、見えなくなってしまった。
どれだけ待っても爺さんは出て来なかった。
第五夜
神代に近い昔、戦で負けて敵の大将の前に引き出された自分。屈服せずの意思表示である「死ぬ」を宣言したが、大将が抜刀するのを遮って「一目思う女に逢いたい」と頼んだ。
大将は夜が明けて鶏が鳴くまでは待とうと言った。
女が馬を駆って篝火に向かって走っていた。
遠くてなかなか辿り着かない。
こけこっこー、という鳴き声に女は手綱を引き、馬は蹄を岩に刻み付けて止まった。そして鶏がもう一声鳴いた時、馬は諸膝を折り、女と共に崖へ落ちて行った。
鶏の鳴き真似をしたのは天探女(あまのじゃく)。
蹄の跡が岩に刻み付けられている間、天探女は自分の敵である。
第六夜
運慶が仁王を刻んでいるという話を聞いて出掛けてみた。運慶は鎌倉の人間だが、見物人は明治の人間ばかり。
それを見ていた若者が、あれは鑿で作るのではなく、あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを掘り出しているのだと言う。
そんな事なら自分にも出来そうだと、家に帰って適当な薪を彫り始めた。が、そこに仁王は居なかった。
その次の薪にも運悪く掘り当てることが出来なかった。いくつも彫ってみて、ついに明治の木には仁王は埋まっていないのだと悟った。
第七夜
大きな船に乗っている自分。黒い煙を吐いて何日も、延々と西に走っている。船員に聞いても要領を得ない。
心細くなる自分。たくさんの乗客、ほとんどが異人。泣く女、天文を語る男。ピアノの伴奏をする女と、歌を唄う男。
自分はますますつまらなくなって、とうとう死ぬ事にし、甲板から身を投げた。船から足が離れた瞬間、急に命が惜しくなった。だがもう遅い。
大きすぎる船で、足は容易に水に着かない。
そのうち船は通り過ぎて行った。
どこに行くか判らない船でも、乗っている方がよかったと悟る。
第八夜
床屋に入った自分。鏡の前に座り、白い着物の男に身を委ねる。鏡に写る市井の人々の行き交い。
パナマ帽を被った正太郎が、女を連れて通り過ぎて行く。続いて豆腐屋、芸者も通る。
「物になるだろうか」と尋ねる自分。白い男は何も言わずに鋏を動かす。そして表の金魚売りを見たか、と聞くが自分は知らない。
なおも続く散髪の作業。
いつの間にか女が視界に入って来た。
札の勘定をしているが、いつまで経っても終わらない。
頭を洗いましょう、と言われて立ち上がった刹那、振り返るが女の姿はなかった。
散髪が終り、金を払って外に出ると、中に金魚を入れた桶を五つ並べた金魚売りが頬杖をついている。
しばらくそれを眺めている間、金魚売りは動かなかった。
第九夜
戦さの予感がする夜、父親は月のない夜に出て行った。それきり帰って来ない。
三つになる子供と共に残された母。
繰り返される「お父様は」「今にお帰り」との会話。
夜になると母は子供を背負って屋敷町を歩く。
延々と歩いて八幡宮の階段を上る。
お祈りを済ませると、母親は子供を降ろし、腰ひもで子供を柱に繋ぐ。そうして自分はお百度まいり。
母親がこうして気を揉んでいても、父親はとっくの昔に浪士のために殺されていた。
こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。
第十夜
女に攫われた正太郎。七日目の晩にふらりと帰って来る。
正太郎は町内一の好男子。水菓子屋の店先で、往来を通る女を眺めるのが趣味。
ある日店に来た女。大きな籠詰が欲しいと言ったが、大変重い。
気のいい正太郎は家まで持って行くと付いて行き、それきり帰って来なかった。
帰って来た正太郎の話。延々と電車に乗って山へ行った。女に付いて行くと断崖絶壁の上に出た。女はここから飛び込んで見せろと言う。
怖くて遠慮すると、そうしないと豚に舐められるが良いか、と聞く。
命には代えられず、そのままにしていると、豚が一匹鼻あお鳴らして迫る。持っていたステッキで叩くとあっけなく転んで絶壁から落ちた。
するとまた一匹。
それも叩くとコロリ。だが豚は草原のはるか果まで列をなしている。
七日六晩、それを繰り返して力尽き、正太郎はとうとう豚に舐められてしまい、倒れてしまった。
介抱していた健さんは、そこまで説明して「正太郎は助かるまい」。
正太郎のパナマ帽は健さんのものだろう。
感想
夢を題材にした十編。漱石が実際に見た夢なのか、全くの創作なのかは判らないが、それぞれ趣きがあって、いい。
第八夜と第十夜は関連付けられている。
自分として好きなのは第十夜。特に深く考えず、女にホイホイ付いて行く正太郎・・・・・まあいいか。
解説1 夏目漱石の『夢十夜』を分析する
何でも性的なものに結び付けて、ちょっと違和感がある。
解説2 「夢十夜」の世界 相原 和邦
この短編集を「生と死の問題」として捉え、評論しており好感が持てる。
オマケ
朗読 読むのが面倒な向きには好適(約1時間)
第六夜以外で見つけた映像ネタ
映像版 第一夜
朗読をそのまま流し、物語を単に映像にしただけ。何のひねりもない。
(前編) (後編)
夢十夜 海賊版(第十夜) 監督:天野邪子
これは原作をかなりアレンジして楽しめる。ホステスを豚に見立ててシュール。