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Channel: 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)
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笑う月  安倍公房(新潮文庫)

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かなり以前に読んで放置していた。今回義父の検査に付き合って、数時間の待ち時間があるというので持参したもの。全17編のエッセイ、短編、アイデアノートなどをごった煮状態にしたもの。


睡眠誘導術
羊が一匹、羊が二匹・・・というノリでインディアンを一人づつ弓矢で殺して行く。だが先端恐怖症で矢が自分を向く。そして人との待ち合わせまでの時間潰しに誘導術で見た夢の話。


笑う月
幼い頃から良くみた夢。直径1メートル半ほどのオレンジ色の満月。「花王石鹸」のような笑い顔。精神が活性化しているほど夢を見る。夢の有効利用(創作活動への)。


たとえば、タブの研究
A氏にとって重要な「タブ」なるものをB氏が製造して供給している。それをめぐる定義付けと行く末。


発想の種子
「燃えつきた地図」を書くためのプロットを記したメモ。ずっと探していて見つからず、脱稿から数年経って出て来た。「箱男」の着想にたどり着くための重要なメモでもあった。「箱男」も完成させてから出て来たそのメモの中に、種子は残っていた。


藤野君のこと
「ウエー(新どれい狩り)」に登場してくる飼育係。この人物のモデルになった男。その前に「ウエー」の発想の元となった話。北海道のいたるところで行われているアムダ狩り。アムダは人間そっくりの動物で皮はなめして靴、鞄、肉は食糧と期待をかけられていた。終戦を迎え、野生化したアムダが繁殖を始めた。その話に興奮する筆者。だがそれは「ハムスター」の聞き違いで、人間そっくりというのもネズミそっくり、だった。
その誤解の種子が二十年を経て小説となった。
藤野君の話はそれから更に遡り、満州からの引き揚げ船での事。引き揚げ者はすし詰め状態で、空間の争奪戦。そんな中で藤野君はいつも空間を確保していた。種明かしは「サッカリン」。この合成甘味料を日に三度、耳掻き一杯与えることで空間を買い取っていた。


蓄音機
一時期祖父の家で暮らした記憶。中風で寝たきりの祖父に、従兄弟がやるいたずらは、祖父が嫌う音楽を蓄音機で鳴らす事。叫び声を上げ、身をよじりながら蓄音機に向かう祖父。後年蓄音機になった夢を見た。その時、夢の中で唄った歌を覚えている。


ワラゲン考
終戦間もない頃、瀋陽での医学生時代、ワラジ虫の煎じ薬が発疹チフスに聞くという噂話をしたら、患者がいきなりワラジ虫を数匹飲み込んだ。その患者は快方に向かった。
病院経営をしていた叔父が肺炎に罹り、多少復讐の意味でワラジ虫の粉末を処方した。1時間毎に小便し汗もひどく、典型的な強心利尿剤の作用。
筆者はこれを「ワラゲン」と命名。ワラゲン的青春。


アリスのカメラ
筆者のカメラ好き。日本におけるカメラの物神崇拝。それに引き換え日本人のフィルム使用量の低さ。「不思議の国のアリス」の作者、ルイス・キャロルが晩年カメラに凝ったという話(少女の写真に熱中)。アリスは一種の恋愛小説だったという評価。


シャボン玉の皮
ゴミに惹きつけられる筆者。シャッターを押したくなる。「箱男」の中の8枚の写真の種明かし。自分がゴミそのものではないという自覚がかろうじて自分を支える「シャボン玉の皮」。


ある芸術家の肖像
劇作家のAとB。BがAの家へ強盗に入った。だが入っただけでそのまま逃げて行った。逃げられた後で、声もかけずに逃がした事を後悔する。Aは登山ナイフを持ち、革手袋をはめて外に出た(Bの家へ強盗に行くために)。この一件を芝居として夢想するA。だがその堂々巡りの中で立ちすくんでしまう。


阿波環状線の夢
前述の鉄道の沿線に伝わる風習。男性が女性の後方から性行為を行う限り、罪に問われないという。この夢をテープに吹き込んでから、長い間書けなかった。主体性の欠如。見なかったものを捨て去る勇気。


案内人
記述困難。石段を下りて案内人に続く。工場で蒲の穂のようなものを作る者たち。工場の片隅に導かれ、粉末の鳥料理を出される。案内人が突然四つん這いになりズボンを降ろすと、作業員が蒲の穂を案内人の尻の穴に挿入した。肛門の清掃だという。結局、これが現代のレストランだと語る。


自己犠牲
船が難破して、救命ボートに乗り移った三名。最新式のボートで、水とその他生活環境の設備は充実しているが、唯一食料品だけがなかった。医者と、コックと二等航海士。それぞれが、自らを食料として提供すると申し出る。
二等航海士が自分の首を掻き切って死んだ。解体して食料にする。それから二十日間後、再び食料が底をつく。自分が死ぬとお互い言い張って争いになる。医者はこれで殺される事を期待したが、コックは自らの心臓にナイフを刺した。それから四十日後、医者は救出された。
その講義が終わった後、医者はメスを取り上げ、僕の解体作業に取り掛かった。


空飛ぶ男
夜明けの空を飛ぶ男を見た。夢の続きと間違えて不用意に見続けていたので、相手に知られてしまう。来訪した空飛ぶ男との会話。この浮遊現象は伝染するという。強がりを言う自分を見透かしている男。



半年以上前に出した新聞の求人広告を見てやって来た男。大きな鞄を持っている。なぜ来たのかを聞くと、鞄に導かれて来たような事を言う。鞄に興味を持ちつつ、採用を決め、男が周旋された下宿に向かった後、ふとその鞄を持った。ずっしりと重いが、持てないほどではない。
いつの間にか事務所を出ていた。戻ろうとするも、どうしてもうまく行かない。鞄が行けそうかどうか、という基準で行先が決まった。私は嫌になるほど自由だった。


公然の秘密
半ば埋め立てられた掘割。泥と汚水がねっとりとよどんでいる。そこにうごめくもの。次第に姿を現すと、それは飢えた小象だった。鼻は腐って落ち、体も腐って痩せ細っていた。掘割から上がり、歩き出す小象。商店に向かうも店主は黙殺。小象が見物者の方に歩き出す。誰かがマッチを放った。嬉しそうにそれを食べる小象。次々にマッチが投げつけられ、中にはガスライターもあった。無邪気にそれらを食べ続ける小象。
やがて小象は古新聞のように燃え上がり、燃えつきた。


密会
ついさっき夢を見始めた男。医局長で、昼休みを使って同僚の女医と密会に行く途中、退院予定の女性患者と出会う(軟骨の1/3を樹脂と合金で補填)。患者は彼の話を聞こうと附いて来る。途中、米軍と自衛隊の交戦。たまたま入ったレストランには医局の全員が居た(密会相手も)。
レストランを出て、娘の家に行くが、家の中には異様な小動物(軟骨の異常)。逃げ出す医者。医局員とのゴタゴタ。戦争だとわめく医者に自衛隊員が、発狂した米兵の事件に過ぎないと言う。
娘から逃げる医者。戦車に向かって「志願する」と叫ぶ。


感想
安倍公房の「発想ノート」を覗き見した様な仕立てになっている。自分にも子供の頃、熱を出すと必ず見る夢があり、それが現れると極めて心細い思いをした。
夢のしっぽを掴むために、公房は枕元のノート、テープレコーダー等を駆使していた。
しかし時々「あらすじ」が書けない、本当に支離滅裂な内容を堂々と活字にしてしまう潔さ。
久しぶりに読み返してつくづく思う。すごい作家だったなぁ。


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