作:沢木 耕太郎 挿絵:中田春彌 11/15(222)~12/15(251)
白い家 1~30
広岡は藤原と佐瀬に宛てて、この広い家の事を知らせる手紙を出した。
家をどの様に改装しようかと思いを巡らす広岡。かつてジムの2階の合宿所にあった長い木製テーブルの記憶があった。
進藤不動産で家の改装を行ってくれる大工の氷見を紹介される。佳菜子から聞いた話に、年寄りばかりの老人ホームに手を入れて採算が合うのか、と聞く氷見。
金を取る気がない事を広岡が話すと「あんたは金持ちなのかい?」と以前キーウェストで聞いた言葉を氷見が言った。
進藤が、必要な金は鈴木さんが出すと挟んだ。氷見は鈴木と同学年だった。
広岡に、そこまでしてやろうという他人が居ないと返す氷見。佳菜子が、広岡が元ボクサーだった事を話す。元ボクサーの老人ホームか、と氷見は面白そうに笑った。
細部は任せるという広岡に、一度家を見てから材料を発注すると言う氷見。
翌日から、白い家で使う調度類を捜し始める広岡。だが肝心の長い木製テーブルは、イメージに合うものがなかなか見つからなかった。
佳菜子に携帯電話を入れ、適当な店がないかと聞いた。目黒にあるアンティークショップ群を紹介される。
翌日、そこへ行き、いろいろ探すが合うものがない。新作家具の店でそれらしいものが見つかったが、希望のサイズのものを作るには3ケ月かかるという。
戻る途中で立ち寄った和菓子店の甘味処で和菓子付きの抹茶を頼んだ広岡。その和菓子、油で揚げた餡入りの饅頭が以前会長の真田に勧められたものだった事を思い出す。
広岡たちがジムに入って三年目に真田の妻が病気の末に亡くなった。立派な葬儀に対し、身内だけの納骨式で広岡は家から寺までの運転手を頼まれ、他の3人の中でただ一人式に参加する事となった。恐怖心のない分、危険を自覚している広岡は、4人の中で最も安全な運転をしたのがその理由。だが広岡には真田から他の3人にはない視線を感じることがあった。
真拳ジムの成り立ち。第二次大戦末期に南方戦線で一緒だった真田と白石。白石はアメリカ移民だったが父の意向で二十歳を前に帰国し、その後開戦によりアメリカに戻るタイミングを失った。
真田は戦前にボクシングのオリンピック選手だった。プロボクサーを目指したが、子供の中で唯一の男子だったため、父の商社を継がなくてはならなかった。
戦後、進駐軍が撤退した頃、ジムのトレーナーになっていた白石を助ける意味で、そのジムのスポンサーになった真田。だが選手育成の方針から真田はそのジムから手を引かざるを得なくなる。白石も職を失う事になるため、真田は廃業寸前の他のジムを買い取り、白石と共に理想のボクサーを育成する事とした。そうして集められた4人。広岡は、真田の理想のボクサーに最も近い存在だと思われていた。
法要が終わり、広岡が真田ひとりを車で家まで送ることになった。酒のせいか無防備になった真田。
「君の・・・ご家族はどうして試合を見に来ないのか」と聞く真田。活躍する4人の中で、広岡の家族だけは誰も来なかった。
母が、自分を産んだ直後に死んだ事までは話していたが、父や兄が妻(母)の命を奪った者としての感情を抱いて、常に冷淡だった事を改めて真田に話した。
母親に対して、苦しいほどすまないと思う事がある、と話す広岡。真田は、親というのは自分の命を子供に分け与える事を受け入れた人がなるものだと思う、と話す。だがそれに続けて、どれほど愛している人にも絶対に語れないものを持っている人もいる、と言った。
ドイツの宗教思想家の言葉。・・・火は鉄を試し、誘惑は正しき人を試すという言葉がある。
確かに鉄は火によって試される、だが正しさを試すのは誘惑などという生易しいものではなく、やはり火(炎)。その魂が真に正しいものなら、どんな炎をくぐり抜けても水晶の様な硬さと透明さを失わない。
だが私たちのそれは火に試され、ボロボロと崩れてしまった。
「正しき人になってください」と言った後、真田は後部座席で眠ってしまった。
この事は、その後誰にも(当の真田にも)話さなかった。それを境に広岡はますます真田に傾倒していった。
甘味処でその菓子を食べ終わった時、また甦って来た言葉があった。かつて真田と令子を乗せて菩提寺に向かった時の道順。今自分の居るところがまさにその道順の途中だった。菩提寺なら、真田の墓もある筈。広岡はまだ、真田の墓参りもしていなかった。
甘味処を出て、おぼろげな記憶をたどってその寺を見つけた。真田家の墓は意外なほどあっさり見つかった。そこに真田浩介の名前もあった。
手を合わせる広岡。チャンピオンになれませんでした。何者にもなれませんでした。そして 正しき人にも・・・
氷見が工事に入ってから、広岡は氷見にコーヒーの差し入れをしようと思い立ち、佳菜子に連絡を入れた。
佳菜子はおやつ用のケーキを持参して迎えに来た。車内での会話。
家に着き、氷見ともう一人の大工に声を掛ける佳菜子。4人でしばしのコーヒータイム。
氷見が、居間兼食堂の空間を眺めてどうするのかと尋ね、広岡は探しているテーブルの事を話した。
俺が作ってやろうか、という氷見の言葉に喜ぶ広岡。知り合いの家具職人から材料を調達するという。
若い大工、田崎との会話から、家具職人というのが氷見の息子のユウタである事が判った。
家の造作は3日ほどで終わり、その間広岡と佳菜子はコーヒーとおやつを届け続けた。
その1週間後、テーブルが届くとの連絡を受けて佳菜子と家に行く広岡。見違える様に綺麗になった室内と雑草の刈り取られた庭。
トラックが到着。氷見が息子と二人でテーブルを運び入れた。無骨でシンプルな造り。広岡の希望に限りなく近かった。
代金を聞く広岡に、内装の金はもらうが、このテーブルは老人ホームの門出の祝いだと言って、金は不要と言った。シェアハウス、とおどけて訂正する佳菜子にみんな笑った。
感想
4人で住むための白い家と、真拳ジム開設当時のエピソード。それからこの物語のキーポイントと思われる真田の言葉。
最初はどうかな?と思ったが、次第に毎日読み進むのが楽しみになっている。真田、令子、佳菜子、それと広岡自身。隠されている内面が、どういう形で表面化して来るのか。
そして脇役として強い魅力を見せている大きな長いテーブル。なんか、こんなヤツが欲しくなって来た(置き場所ないけど・・・・)。