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Channel: 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)
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新聞小説「白鶴亮翔(はっかくりょうし)」(3) 作:多和田葉子

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朝日 新聞小説「白鶴亮翔」(3) 4/4(61) ~ 5/6/(92)
作:多和田葉子 挿絵:溝上幾久子
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今回感想の前に以下が今までの流れ(ざっくり)
超あらすじ
(1)2/1(1)~3/9(36)

ベルリン在住、商業翻訳で生計を立てているミサ(ペンネーム:高津目美砂)が友人パウラのヘルプ要請を受け、頼み事があるという隣人Mさんをやりすごしてバスで出掛ける時に、昔を回想する。
日本の大学で講師だった早瀬と知り合い結婚したミサ。

それはドイツ留学のための口実の様なものだった。
最初住んだのはドイツ南西端のフライブルク。

早瀬の奨学金で暮らしていたが、その後ベルリンに転居。

それからすぐに早瀬が日本の大学への就職が決まって帰国。

一人で留まったミサは大学に入り直し翻訳を仕事にする。
居心地のいい地域だったが、治安を考慮して今の場所に再転居。世話をしてくれたのは友人のスージー。
引っ越し先の隣りに住んでいたのが初老の男性Mさん(最初に会った時名が聞き取れず、ずっとこの呼称) 彼は終戦直前東プロイセンからバイエルン地方に引っ越したドイツ人。
Mさんの姉はニコラ・ミーネンフィンダー。建築家だという。

ドイツに戻って自力で家を建てたのがそのバックボーン。
その後喫茶店で会ったりしてMさんと親しくなりかけた頃、頼みたいことがあると言われた。だが今はパウラの頼み事が優先。

大木に日本人と思しき高齢女性が登っているという。
(2)3/10(37)~4/3(60)
パウラが心配した高齢女性は、ミサの呼びかけに応じて難なく木から降り、去って行った。
後日、引っ越し間もないミサに祝いを持って訪れたパウラとその連れロベルトは、大学のゼミからの仲間。
パンクした自転車を修理に出した店で偶然Mさんに会う。

その店で働く若者の相談役をしているという。
帰りの道すがら、例の相談事-太極拳教室への同行を頼まれるミサ。またその折りに、現在翻訳に取り組んでいるクライストの事を話したら、二冊の全集を貸してくれた。
その中の「ロカルトの女乞食」を訳すうちに過去を思い出すミサ。
フライブルクでスカウトされてアマチュア映画に出演。

スージーとは、その時車椅子を借りた縁で友人になった。
そんな事のあった後、早瀬は日本に戻った。あれから十年。
Mさんに頼まれた太極拳学校の話を思い出すミサ。

感想
ようやく題名でもある太極拳の話に入って来た。
太極拳に通いたいのは腰痛対策だとMさんから聞いて、自身の腰痛経験を思い出すミサ。
覚えのために登場人物を列記。
・チェン先生(女性中国人講師)栗の様な可愛らしい印象。
・アリョーナ:生徒。50歳位の女性。未亡人。ややケバい。
・ロザリンデ:生徒。アジア風女性。英語教師。冷静。
骨盤への重心の落とし方(76)が全く意味不明(挿絵も)
そして進行に「ロカルノの女乞食」の翻訳がたびたび割り込む。
元々3ページ程度の短編なのにどうしてこうも引っ張るのか。
アリョーナとの会話でミサが離婚していると判明。
またプルーセン人の末裔だという同性のパートナーが旅から戻り、太極拳に参加出来なくなったMさん。
その彼とポーランドへ旅行に行くと言うMさんが話す、独ソ戦で死んだロシア人の数。二千万とも三千万ともいう。前章でもこの話は出ており、ドイツ人ゆえの贖罪的な意味かとも思われるが、これで旅行に出られては尻切れトンボ。

この、独ソ戦でナチスドイツがロシア人を殺したやり方は「絶滅戦争」皆殺しという事。ユダヤ人が六百万殺されたと言われるが、それをはるかに上回る。プーチンが5/9に行った「戦勝記念日」式典はその記憶を風化させないためのもの。
作者がここまで独ソ戦の死者数に言及するのは、この系統の話を今後も続けるつもりだから?
プーチンの蛮行を支持するものでは断じてないが、作者の書きぶりにはロシア擁護のイメージが見える・・・

ツッコミポイント

(2)でも指摘したが、スージーとの距離感の近さが不自然。彼女は元々フライブルクの住人と認識している。ベルリンの借家紹介は親戚だったとの事だが、歯医者を紹介してとの話に違和感。
前にも書いたがフライブルクとベルリンは600キロ離れている。
フライブルクで知り合った後スージーがベルリン在住だとの記述は読んでいない。離婚経験の様に「後出し」で言うつもり?

アリョーナが資金提供している事業の「再生紙で出来た携帯電話」や「カンニングセット」に目がテン(81)
前者は技術面、後者は倫理面。
それに売上げの47%取るってべらぼうな!

あらすじ
61
北京の公園で優美に太極拳をしている映像を見た事がある。
ネットで探したら剣で舞う女性が出た。それは太極剣。
その三日ほどあとMさんが来訪。例の太極拳気功学校の初心者体験入学が明日あるという誘い。明日の夕方五時迎えに来ると言って去ったMさん。嫌な記憶が立ちのぼる。
フライブルク在住の頃、近所にヨガを教える女性が住んでいた。
早瀬は「魅力的な人だね」と評したが小顔で猫のようにずるそうな身体。探るような視線がいやで避ける、鼠の私。
それでも猫はふいに現れて会話を強いた。
62
私が「夜蛾」と当て字をしたその女性はフライブルク生まれのドイツ人だが、ムンバイに一ヶ月滞在しただけでアジア通を自認。
闘争心に満ちたその肩を見ただけで教室に行く気にならず。
この人のせいでアジア賛美への警戒心が芽生えた。
[武]の言葉も警戒。中学時代に聞いた部活動の掛け声や叱咤。
翌日Mさんとその学校に向かった。
Mさんが問い合わせたところでは百歳でも障碍があっても、スポーツ経験がなくてもいいそうだとの事。笑うMさん。
63
生まれて一度もスポーツをした事がない人などいない、と軽口を言ったら、ここにいると言うMさん。戦後の食料不足下では食料獲得と家を建てる事に全エネルギーを費やした。
普段の歩幅で終戦直後の時間に飛ぶ。年齢を得た者の技か。
それなのになぜ太極拳を?との問いに「良く魔女に腰を打たれる(ぎっくり腰のこと)」それには私も同感。

フライブルクに住んでいた頃、早瀬と二人で友人カルルの誕生パーティーに呼ばれた。独飲の早瀬に対し私は皆と飲み、話す。
64
発音だけはいいねえと言う早瀬に反発。カルルの話に必要以上に反応し、海老反りになって笑ったとたんぎっくり腰に。
太極拳がぎっくり腰防止にいいようだと言うMさん。武術というより、骨にかかる重さを調節するものなのかも知れない。
看板は「太極拳気功学校」の篆書体の下に同じ意味のドイツ語。

建物は'50年代にはダンスホールだったそうだと話すMさん。
65
ダンスホールのキーワードで、ディスコやら東京での状況やらをMさんと話す。そして学校の呼び鈴を押した。
熊の様な男性だろうとの予想は裏切られ、栗のような可愛らしい中国人女性が出迎え。

今日は八人の申し込みで、あとの二人が来るのを待つという。更衣室で室内着に着替える。
先生はジーナの通称名で呼んでと言った(名字はチェン)
66
残りの二人は現れず、チェン先生は先に始めましょうと言った。
それぞれ立ち位置が決まる。私は最前列の左端。
始まろうとした時、妊婦とその連れと思われる男性が駆け込んで来た。遅刻を謝罪し、後列に立つ。
体への体重の掛け方を説明しながら先生の身体が動く。それを見ながら同じ動きをしようとした。先生が言う「肩」「背」などに意識が移る。軽い驚き。チェン先生の上半身には重さがないように見える。つられて動かすうちに私の身体も軽くなる。
67
すぐに一時間経ってしまい、シャワー後の様にさっぱりした。
体験入学はこれで終わり、来週から授業を受けたい人は氏名、住所、電話番号を記入してと言うチェン先生。回って来たリストに「MisaTakatsume」と記入。Mさんが素早く書くのを見たが汚過ぎて読めず(無理して読めばミーネンフィンダー?)
外に出たMさんは僅かに左脚を引きずっている様に見える。
感想を聞かれ、月着陸した宇宙飛行士みたいと言うと、Mさんは月依存症-夢遊病のことを話し始めた。
68
夢遊病者になれなくても、深く呼吸が出来る様になればいいと言って別れるMさん。
家に着くとすぐスージーからの電話。
早速太極拳教室のことを話した。スージーは、それをやったことがあるという。他にもヨガ、刺繍、チェスと多彩な趣味の彼女。
車椅子の割りに手間暇を厭わず出掛けるスージーに比べて、新しい事をやる気持ちに乏しい私。ただ習慣化すれば長続きする。生活の変化が面倒なだけ。クライストも五十年あれば全訳可能か。
69
どうして太極拳なんて?と聞かれ、Mさんとのいきさつをスージーに話す私。一人で行くのに勇気がいるからと誘われた。
電話のあとクライスト全集を開く。「ロカルトの女乞食」の題名なのにその女はすぐ転んで死んだ。私もよく転ぶのでそんな場面を思う。老女の件がもし裁判になっても侯爵に罪はないだろう。
何年か経ち、戦争や不作で侯爵の経済状態が苦しくなった時、フローレンスの騎士が現れ、城を売ってくれと言った。
70
侯爵は喜んでその騎士を屋敷に泊めたが、彼は幽霊が出る、と真夜中に訴えた。聞いて言葉を失う夫婦。それはあの老女が部屋の暖炉の裏まで行き、呻いて倒れたという場面。
話の最初で出た女がもう幽霊になっている。このスピード感。
本を閉じ、ソファーに移動してぼんやりした。部分光が安らぐ。
フライブルクでは、早瀬が均一の明るさを求め蛍光灯を設置。
ある日近所のツェーベルクさんを招待した時、その明るさに「陰の美しさを礼賛するタニザキの国なのに」と突っ込まれた。
71
沈黙の早瀬に、ドイツでも翻訳された谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」は消えゆく文化の発信だったともっともらしく説明する私。
ツェーベルクさんが帰った後、早瀬は急に饒舌になって、部屋の明るさなど訊く方がおかしいと言った。

私は部分照明が好きで、早瀬の帰国後「あんどん風」のランプを買った。

ドイツでは自分の借りている家を転貸するのは珍しくなく、今回の私もスージーの親戚夫婦から借りた。彼らは海外生活が多く、老後のための家らしい。私の前にも作曲家が借りていた。
72
作曲家とその夫婦は、旅先のリオデジャネイロで意気投合したのが縁だとの事。いろいろな国を転々とする気にならない、とスージーに話したことがあるが、自分の国にいて疲れる人もいるとの返し。
太極拳気功教室からあっという間に一週間がたち、Mさんが迎えに来た時まだ私は出掛ける準備の前だった。
歩きながら、私の家の持ち主夫婦を知っているか聞いてみた。
73
一時帰国の時に立ち話程度はしたと言うMさん。ドイツ人なのにドイツ人が嫌いという、気質に関する考察。ドイツ人の意識下にある、スラブ系より優れているという驕りがナチスを生んだ。
話題を変えたMさんは、先週教わった内容の再現が無理だったという。私も今日はしっかり覚えて家で試そうと心に誓った。
74
この日更衣室で、五十歳ほどの女性アリョーナが話しかけて来た。濃い化粧だったので先週の記憶があった。生まれはペテルブルクだという。けっこうなダミ声(タバコか酒か)
私の名のミサの意味(美しい砂)を聞いた折りに、Mさんの事を恋人かと聞かれて否定。
独身かと聞かれて一度離婚したと答えた。
どうやら私は若く見られているらしい。彼女からお菓子をもらった。ヌガーのキャンディで、上の歯茎の裏にくっついた。


75
稽古が始まると先生は、つむじから一本の糸で吊り下げられている気持ちで、と言った。そんな自分を思い浮かべるうちに揺れが大きくなり「吊られていても傀儡政権はいけませんよ」と言われてどきっとした。意外な言葉の選択。
歴史の教科書で見た「傀儡」の漢字の不気味さ。
顎の引き方を指導されるアジア風の女性を見ているうちに、つむじが消えてしまった気がして、あわてて位置を確かめた。
76
重心がまっすぐ骨盤の中心が落ちるように、お尻を引っ込めてと言う先生。更に「尾てい骨が下に引っ張られ、そのまま股の間を通って前を覗き見るような感じ」との表現。

また弓形に反った背中はセクシーかも知れないが誤解だと言う。
セクシーの言葉に教室内がなごむ。
中学生の頃、姿勢を正す体操で「腰を入れる」と言われ不思議だ
ったが、チェン先生の言ったことがそれなのかも知れない。
ドイツ語で教えられるこちらの方がすんなり理解できる。
稽古が終わり、表情の晴れ上がったMさんと一緒に帰った。
77
Mさんに尾てい骨の話をしたら、しっぽから進化論の話になり、日本人が進化論を受け入れていると感心される。
それは輪廻の考え方があるからで、前世が蝦蟇かも知れないと思う者にとっては、猿が祖先だと言われてもなんでもないと返すと笑うMさん。雨が降り始め、傘をさしかけてくれた。
次の週の月曜Mさんが、パートナーが長旅から帰って来るので太極拳には行けないと言いに来た。会ってはいないがプルーセン人の末裔だとの話を覚えている。プロイセンに住んでいた民族。
78
プルーセン人は大民族に吸収されてしまった。同化して消えた。
自国語を守る闘いもせぬまま「ゆるい」民族として彼らの言語は滅びたと想像。小国リトアニアでも母国語が残っており、なぜプルーセン語だけがなくなったかは謎。
Mさん欠席のため一人で太極拳教室に行った。更衣室で、先週隣りにいたアジア風の女性 ロザリンデ・サントスと会う。
BBCのアナウンサーの様な英語。イギリスの大学を出て英語教師をしているという。先週会話したアリョーナが割り込んで来て、その見事な英語を教えてと頼む。笑うロザリンデ。
79
エリートの様に話せる事については、勉強してそれを人に教えているだけと謙遜するロザリンデ。
なおもアリョーナがじゃれて来る。私の真面目さの治療法を聞くと、稽古が終わったら飲みに行こうとの誘い。飲むと貧血を起こす事があり、一人になってからは飲んでいないが頓着しない彼女。
稽古帰りに彼女が連れて行ってくれた線路沿いの店は「コールハース」クライストの小説に「ミヒャエル・コールハース」というのがある。運命の神が私をクライストに近づけているか。
80
それぞれに飲む客たちの間を、私の腕をつかんでカウンターまで引っ張って行くアリョーナ。私はヴァージン・メアリーを頼み、彼女はウォッカのストレート。

ウォッカは母語では「水ちゃん」だと言うアリョーナ。ロシア人が太極拳をやる事を自分から「変だと思う?」と聞く。
ヨーロッパの中ではロシア人の太極拳のレベルは高いという。
未亡人かと聞かれて否定すると、死で切り離される日まで待たずに離婚したのね、と救いのある表現。
81
私も早瀬もクリスチャンではなく、永遠の愛も誓わなかった。
アリョーナは未亡人と言ったが生活には困っておらず、事業を始めたい若者に資金提供する仕事をしているという。再生紙でできた携帯電話を作る会社や、特殊ペンで書くカンニングセットを例に上げた。
融資の相手は若い人だと言い、利子は年9%。利益が出たら売上げの47%を取るらしい。多い気もするが調査なしのため感謝されているとのこと。
商品アイデアを出す才能がない、とわざと言った私。
82
ところがそれが逆効果で、アリョーナは私に投資する可能性に気付いてしまった。星座を聞かれ慎重タイプに区分けされた。
今の仕事が翻訳だと聞いて、何年かやっていたと言う彼女。
マンデリシュタームが好きで、ヴォルガ・ドイツ人の歴史の本を訳したが売れなかったとのこと。それは十八世紀にドイツからロシアに移住した人々。私はその方面に興味があると言って、Mさんの名は伏せて彼のルーツを話した。東欧から追い出されたドイツ人なんていくらでもいると言う彼女。
83
とりとめもない話をして私たちは別れた。Mさんの家の灯りが見える。Mさんとパートナーとの会話を思った。
翌朝いつもの作業のあとパソコンに向かう。姿勢が気になった。
「正しい姿勢」で思い出す中学生の頃。姿勢を正しなさいと注意するマシュマロ眼鏡の教師。愚痴を聞かれ「平和をめざす人とは誰のことだ?」の問いに思わず「ヒッピーです」

ヒッピーに関心を持ったのは洋品店「フラワーチャイルド」で見たラッパジーンズや派手なブラウスから。
気に入ってしまい、小遣いをためて買った。
84
ベトナム戦争反対を意味するファッションと知り、感心した。
雑念を払って仕事に取りかかる。東ドイツ時代の日常生活に関する翻訳。各項目の中で気をひいた「ポルノグラフィー」を読む。
東ドイツでは雑誌・ビデオの規制が厳しい反面、ヌードになる行為には寛容。個人映像が公立のアーカイブにもあるとの事。
こんな仕事でも楽しい時もある。それが罠。歳だけ取っていく。
午後はクライストの短編の翻訳にかかった。
訳した題名の「ロカルノの女乞食」への違和感。差別用語の危惧から「ホームレス」が妥当か。だが食を乞うとの意味はない。
85
城主の妻からは寝場所を提供されただけなので「ロカルノの女流ホームレス」の題を考えた。作者クライストが旅をしたスイス、アルプスの麓 ロカルノが舞台。
そこの古い城を買いたいと思った騎士を、女の死んだ部屋に泊めた結果幽霊騒ぎとなる。翌朝そそくさと旅立った騎士。
欧州の騎士といえば日本のサムライ。幽霊が怖くて逃げだすところが正直でいい。
電話が鳴る。スージーだった。幽霊が出たから城を買うのをやめたと言ったら「あなた、お城を買うつもり?」
86
翻訳している小説の話だと説明すると、今私が住んでいる家には幽霊が出る噂があったという。
その件についてはそのうちにとはぐらかされ、歯医者さんを紹介して欲しいという。行きつけの歯医者が廃業したらしい。ネットの情報では信用出来ないから、あなたのかかった歯医者を教えて欲しいと言った。
また連絡すると言って電話を切ったが、誰に聞けばいいのか。それよりも頭は幽霊のことで一杯。
87
私は幽霊パトロールよろしく歩き回るが痕跡は見つからず。お茶でも煎れようかと台所に入ると金髪おさげの女の子が後ろ向きに立っている。アリョーナにもらったキャンディの包み紙に印刷されていた少女。振り返った瞬間、消えてしまった。


Mさんが言っていた「第二次世界大戦ではロシアが一番大きな犠牲を出した」との言葉を、インターネット検索で調べた。
日本(大日本帝国)の死者は262万~312万人、アメリカは41万人。ところがソビエト連邦はなんと2180万~2800万人とある。
88
当事国だけでなく、戦地になった現地の人たちもたくさん犠牲になった。胸が苦しくなり、台所でカモミール他様々な調合でハーブティーを煎れた。それを飲んで気持ちを静め数字に向かう。
死者数だけでなく人口に対する死者の比率の指標もある。ポーランドでの二割の死者は日本の数倍。歴史のイメージが変わった。
次に思ったのはユダヤ人の死者。調べによれば欧州ユダヤ人の六割ほどが犠牲になったという。三人家族で自分だけが生存。
89
どの統計を見てもソ連人の死者が群を抜いている。ロシア人ではなくソ連人。特にウクライナ、ベラルーシで多数の死者。
それから三日ほどしてMさんが訪れた。パートナーの人のポーランド旅行に同伴するため、二週間ほど太極拳を休むという。
あっさり別れを告げかけて、例の第二次大戦でのソ連人の死者の多さについて聞いてみた。てっきり被爆国の日本がナンバーワンだと思っていたと冗談めかす。
90
そのナンバーワンとの言葉で、ドイツにあった空腹を競う「絞首台のユーモア」を話すMさん。コーヒーを誘われ家に入る。
話したい事が溢れる。Mさんに感じる脳味噌の相性のよさ。

ロシア人の犠牲者が多いのは西側と衝突した部分だという。
混乱する私。死者の考え方はロシア人、ドイツ人という特定でなくその地で亡くなった人・・・
数字そのものには罪はなく、問題は数え方と使い方だと言うMさん。統計が呼び起こす物語には警戒が必要。
91
Mさんの言う、結婚している人の方がしていない人より長寿だという統計。女性は結婚していない方が長寿で、男性は結婚している方が長寿。数値の取捨がメッセージとなってしまう。
死者の数については、統計をどう使うかだと言う。数字は対話の中で初めて意味を持つ。メッセージはただ一つ「頭を冷やせ、人を殺すな」私の親戚に戦死した人がいるかと聞くMさん。
「いいえ」
92
私も同じだと返すMさん。戦争の犠牲者だと言っても自分は生きているし親戚に戦死した人はいない。今まで話したロシア人は皆家族・親戚に戦死者がいた。
Mさんにご両親は?と聞くと「病死のようなものです」とだけ。
私は訊きたい気持ちを抑え、Mさんは話題をずらした。
太極拳教室メンバーの話になり、Mさんがアリョーナを、赤いジャージから空色のセーターに着替えた事までしっかり覚えている事に驚いた。

そして問われるままにロザリンデや他の人たちの話をした私。

 

 

今日の一曲
Frankie Valli & The Four Seasons - Who Loves You

このノリは気分がアガる~~


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