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新聞小説 「カード師」 (11) 中村 文則

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朝日 新聞小説 「カード師」 (11) 152(3/5)~168/(3/22)
作:中村 文則  画:目黒 ケイ
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感想
ルネサンス時代にあった、魔女狩りの当事者の手記。
ペストの流行を鎮めるため、罪のない人を魔女に仕立てて処刑した。

その中で開発された、押すと引っ込む針の仕掛け。破綻を生じていると判っていて、宗教の名を借りて処刑を強行する司祭の狂気。
メインストーリーとは関係ないと言いつつも、思わず引き込まれてしまった。
神を信じ、奇跡の発現を望むが、結局信じてはいない「私」
娘が焼かれるのを嘆きつつも、服から覗いた乳房に心を乱し、魔女への尋問でも劣情が走る。
キリストが奇跡を見せてから千五百年。当時既にキリスト教の神通力は失われつつあり、そんな中での権威付けのための魔女狩り。
 

30年ほど前、出張でイタリアに行った折り、最後の一日だけ観光でバチカンに行きサン・ピエトロ寺院を訪れたが、中央礼拝堂(ドーム)で30分あまりも動けなかった。

カトリックという宗教のバックに控えるものの迫力。
だがその、バカげたほどの壮麗さが「うさんくささ」の裏返しなのかも。
司祭自ら神の存在など信じずナルシズム、マゾ性の先にある幸福感こそが宗教の根本だと言う。
処刑される者の火で暖を取る・・・・最後の一行にシビれた。

相変わらず「訳わからん小説」ではあるけど、本章はそのヒントになるのかも知れない。今までの「駄エピ」を少し振り返ってみるのもいいだろう。

今回の挿絵、最後の1枚が秀逸。
魔女に触れたという右小指の青い印。

そして本心が曝け出されたその顔。魔女を焼く炎で暖を取る男の。


あらすじ 152 ~ 168
<一五八三年 ヨーロッパ南部 魔女狩り> 1~17
リュール司祭について修行する見習い修道士の「私」。悪魔と性交して人を惑わせた、と言われる娘が焼かれているのに立ち会っている。
年老いた母を助けて縫子をしていた彼女が、魔女だとは思えない。

針刺し師の検証で血が出なかったのは、針が引っ込んだから。
魔女を取り逃がすことこそが罪。多少の誤認は仕方ないと言う司祭は、お前はまだ未熟だ、と重ねる。
あとは主が選別してくれる、と言われたが私の心の中には、娘が焼かれる現実はなかった。神が御身を現し、間一髪で何かが起こる筈。

しかし彼女は燃えた。
柱に括られたまま焼かれる娘。服が破れ落ち、彼女の乳房が見えた時に一瞬気を失った。だがその直後司祭に押し出される。「見るのだ」


認識していた世界は、以前とは別のものになった。

街にペストが蔓延し、それを解決するための魔女狩り。
そんな中で、自ら毒を作っていると称する老人が拘束されていた。
リュール司祭は不在で、一人赴く事になった。
ペストを呼んでいるのですか、の問いに肯定する老人。

この町で長く虐げられて来た。
誰に祈ったのか、神?悪魔? 繰り返される不毛な問答。
老人をこのままにしておけば私刑で殺される。だが連行しても殺される。
呼ぶ事が出来るなら、追い出すことも出来るのでは?、との言葉に老人は  「お前は人間と人生を知らなすぎる」

老人を連行して司祭のもとに連れて行った。司祭の厳しい取り調べ。
激しい言葉の応酬。取り調べを終えて司祭が言ったのが「彼はとても嬉しそうだった」
嘘を言っているのなら釈放に、との申し出には「釈放したら、彼は悲しみのうちに死ぬ。そんな残酷なことは出来ない」
老人が焼かれる時、確かに嬉しそうだった。

そしてこの町はペストで死ぬと叫び続けた。
処刑の見物人を当て込んだ出店で、親にロザリオを買ってもらった子供。おそらく十字の意味を知らない。


点けられた火が全身に回り、痙攣と共に動かなくなった老人に「見事だ」と司祭。

老人が死んでもペストが収まることはなかった。
ある女が悪魔と性交し、魔術で村人を惑わしているという報告を受け、リュール司祭と出向く。
荒廃した村。放置された死体に蠅が舞う。
四十歳ほどの長髪の女性の傍らに横たわる子供。

死にかけた子供を連れて来た母親がいた。
治療の途中で死んだと言う母親に「まだ間に合う」と魔女。
リュール司祭の叱責に「ならお前がやれ!」
お前たちのイエスは死者を蘇らせたのだろう、さあ、と続ける。
魔女の周囲にある膨大な書物。

なおも迫る魔女を、兵士を使って連行する司祭。

眠れぬ夜、礼拝堂に行くとリュール司祭が跪いて祈っていた。
だがそれはあの魔女に対する称賛。

そして神を待った時の事について話し始めた。
神の声を求める旅。放浪の末に蹲っている自分の前に現れる男。見上げるとそれがキリスト。そういう光景を期待した。
そうした主の出現を命を賭けて待った。だがそうしても、何も現れない。
声を上げて泣いた時、奇妙な事に気付いた。

そんな風に泣いている時の幸福感。
絶望感とナルシシズム。辛いと思う間じゅう、ずっと満たされていた。
そしてこの魔女騒ぎ。神、精霊、悪魔、魔女。

目に見えないものに対するフラストレーション。
それなら存在させてやろう。我々のはそういう力がある。

信仰の苦しみをお前にやろう、と神父。あの魔女への尋問を命じた。

悪魔と性交したかをしつこく聞き、服を脱がせて魔女の印を見つける。

あの魔女の体に何をしても懺悔で許される。


尋問部屋で魔女と対峙する。美しい。


 

悪魔と性交したかの印を見つけるため、彼女の腰巻に手をかけた。

女の体臭に混ざる甘い香料。

彼女の服を引き裂こうとした時に女が言った。

「お前は臭い、離れろ」
気がつくと部屋から飛び出していた。怒りに覆われる。
司祭には魔女の印は見つからず、尋問も出来なかったとだけ報告した。
見透かしたように司祭が言う。お前は人間より神を愛し、神より、神に祈る自分を愛している。

六人同時の火あぶり処刑が準備された。

さすがにこれは壮観だ、と司祭。興奮して騒ぐ群衆。
そんな中に老人を見つけ、前に焼かれた老人の姿がよぎって思わずガウンを脱いで渡す。その行いを見た者たちが十字を切る。
その老人がキリストだったかも知れないとの夢想。善行に対する反応が見たい。だが思うような劇的な事など起きなかった。
 

六人の中にあの魔女もいた。

脱がせようとした時、胸に触れた時の右小指の感触。
魔女の服を裂こうとした時の高揚感。

 

人は善行に興奮せす道を外す時に興奮する。
では・・・人間とは何だろう。
この小指の先ほどの感触も、神は実感を与える事が出来ない。

だから教会も豪華にしなくてはならない。
キリスト教の断末魔だよ、と言うリュール司祭。
そして、魔女狩りは突然終わるだろうとも言った。聖書で神が奇跡を見せてからもう千五百年。この辺りが限界。
だがこうして六人の処刑を起こせる事こそ奇跡。
 

一斉に火が点けられ、彼らは勢いよく燃えた。彼らの叫びが風の音に混ざり合う。
肌寒くなり、男に与えたガウンを思い出す。

風邪でも引けばペストになるかも。
彼らを燃やす炎の側に二、三歩と近づいた。


手記をテーブルに置く。

佐藤はこの話の、何に引っかかり訳させたのだろう。
当時魔女狩りで、針を刺して血が出ない事がその証拠とされた時のカラクリ。その針が引っ込む仕掛けによるもの。
魔女狩りはカトリックだけでなくプロテスタントでも行われた。
ルネサンスとほぼ同時期に魔女狩りは始まり、その終焉と共に終わったとされる。
キリスト教が権威を失った十八世紀に、ヨーロッパでオカルトブームが起こり、タロットカードにも占いの要素が加わった。
そういった超自然に対する興味が佐藤にあるのか。

次の手記はとても短いもの。
一九三三年 ナチス政権下の記録。
 

 


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