新聞小説 「ひこばえ」(11) 1/14(220)~2/8(245)
作:重松 清 画:川上 和生
第十章 迷って、惑って 1~26
父のアパートの大家だった川端さんから、三日後の六月二日に四十九日の法要を行うとの電話があった。
何も動かない洋一郎に業を煮やして決めた。直前での連絡も、断る口実を与えるため。だがその日(土曜)は何も予定がない。
この地での納骨のしきたりについて聞くが、意図を察して、それは急がなくていいと言う川端さん。
家でその話をすると、意外にも妻の夏子が一緒に行ってもいいと言う。最初はトラブルに巻き込まれるのを避ける気持ちだったが、遼星が生まれてから血の繋がりについての意識が生まれたという。
その上、息子の航太までもが行くと言い出した。骨壺だけでも見たいとの事。備後の隆さんが本当のおじいちゃんでない事を彼に話したのは、小学校の高学年辺り。以後、その話をする様な事はなかったが、隆さんに対する態度が少しよそよそしくなった。
今、孫が出来た自分の立場だと、隆さんの寂しさがよく判る。
航太も、遼星が生まれた事で意識が変わったと言った。
また今年からクラス担任となった航太は、仕事はきつくなったが今の方が楽しいという。
生徒は毎年入れ替わるが、教師は毎年歳を取る。それで常に若々しくなれる人と、却って年齢を感じて老け込む場合の二通りある、とは先輩教師の話。
そんな話で佐山と、十五歳で亡くなった息子の芳雄君を思い出す洋一郎。五十半ばで終の棲家を探す佐山。
お父さんの仕事は僕らと逆だね、と言われて今抱えている課題を思い出す洋一郎。
翌日は、施設の常勤スタッフが一堂に集まる月次ケア・カンファレンス。910号室の後藤さんに関する問題が噴出。本人がよかれと思って言うねぎらい、励ましが相手を傷付ける。卑屈な言動が、結果的に相手の仕事の内容を貶めているのに気付いていない。
クリニックで胃薬をもらう時にも看護師をイラ付かせる。
清掃の担当からはもっと現実的な問題。普通は見栄もあり、部屋へ清掃に入る前は多少整える人がほとんどだが、後藤さんは古新聞、雑誌、空き缶等も布団に置きっぱなし、パンツも脱ぎ捨て。
下着は臭くて、多分何日も使っている感じ。そして調理台から溢れそうな缶チューハイの空き缶。
食堂で騒ぎを起こした後に、後藤さんが謝りに来た。必要以上にへり下り、息子への連絡を気にする。大丈夫、ととりなした後にゴミ出しをキチンとする約束もした。それが僅か一週間で、より悪化。
カンファレンスの後、本多君との話。息子さんに連絡した方がいい、と言う本多君に、あとでゆっくり話してみますと返す洋一郎。
外出している事を確認して帰りを待つ。本多君の推理では午後散歩に出たついでにチューハイを買って帰る。実際その通りだった。
ちょっと話がある、との言葉に警戒する後藤さん。ファミレスでも酒は飲める、との言葉に喜び、自分で店を選んで向かった。
店に入って早速チューハイを注文した後藤さんは、乾杯してすぐ半分を空にした。
本題にはいろうとする前に、ご自慢の息子さんですねと水を向けると、私は足手まといなだけだと言う後藤さん。
口止めをした上で、自分の家をゴミ屋敷にしそうになった話を始める。
ニュース番組で取り上げられて騒ぎになり、息子に叱られた。この施設の世話になる原因。
普通の建売住宅。奥さんが生きているうちはきれいにしていたが、五年前に奥さんが六十三歳で心不全により突然他界してから「ぽかーん」としているうちにゴミが溜まってしまった。
とりあえずのつもりで庭にゴミを出しているうちにどんどん溜まり、近所で問題になった。
その間にもチューハイのお代わりをする後藤さん。
三杯空にして追加で二杯。
そして、タバコを吸いに時々中座。この席は禁煙。ハーヴェスト多摩でも部屋は禁煙だが、酒飲みはルーズになるから今後注意が必要。
気が重いことに後藤さんの銘柄は、父が喫っていたハイライト。
店を出てから、ご機嫌の後藤さんに、タバコによる火事の危険性を諄々と説く洋一郎。だが逆に、年配の住人の仏壇のロウソクについて問う後藤さん。仏壇の事まで住人には口うるさく言っていない。
後藤さんは、妻の位牌を息子が持っているので手を合わせられず、線香やロウソクの心配はないと言った。
後藤さんとロビーで別れ、徒労感でベンチに座る洋一郎。
後藤さんの背中が父に重なった。理屈ではない。
施設で疎んじられる後藤さんと、周囲に迷惑をかけ通しだった父。
心配して本多君が顔を出す。後藤さんへの話の状況を聞かれるが、説得出来た自信はない。
後藤さんは、息子さんの自慢はしても奥さんの話は全然しませんね、と本多君。
後藤さんの息子さんへの連絡を考え始める洋一郎。大手町案件でもあり、ヤブヘビの危険もある。五年ほど前、着任間もない洋一郎が介入して、クビ寸前まで追い込まれた事があった。
だが今はスタッフもどうすべきか判断出来ない「迷って、惑う」状態。
そんな時に煙感知器の警報が鳴った。「901号室です!」
部屋でしょげている後藤さん。酔ってご機嫌になっていた後藤さんは追加でチューハイを飲み、喫煙コーナーまで行くのが面倒となり、部屋でタバコを喫った。
更に、天井の煙感知器を見ているうちに、故障していたら困ると思って、タバコを近づけた。だが鳴らない。
座卓に上って更に近づけた。どうしてこういう所だけマメになるのか。
「鳴りました、やっと」と笑みを浮かべる後藤さん。
息子さんに電話をかけるしかないな、と覚悟を決める洋一郎。
感想
妻の夏子、息子の航太が父の四十九日に出席してくれるという驚き。それは遼星が生まれた事で感じた人の絆によるもの。
そして件の後藤さん。ルーズさの原因が、奥さんの急死にあった事が明らかになる。ウチも基本的な家事は妻任せ(自分がやるのは風呂そうじぐらいか・・・)。だからこれはまさに「他山の石」。
しかし自宅でもゴミ屋敷になりかけていたとは。息子が金をかけてトラブル封じ込めに走ったという図式が見えて来る。
しかし酔いが回って、煙感知器の動作が気になるなんて、お茶目な後藤さん(爆)