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Channel: 私の備忘録(映画・TV・小説等のレビュー)
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新聞小説「聖痕」(6)筒井康隆

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You Can Fly
挿絵 238


聖痕(6)225~238(2/28~3/13)筒井康隆 作  筒井伸輔 画


貴夫は突然の目まいに襲われる。身体の異常ではなく激しい地震だった。悲鳴と調理器具の音。
長く続いた地震は宮城県沖を震源地とするマグニチュード9.0の巨大地震。
東京の全ての電車が停まったとの報道があってからしばらく後に予約の取り消しを告げる電話がいくつかあり、貴夫は店の休業を決める。


何日も店を休み、テレビを見ながら涙する貴夫。
被災地へ支援に行こうという声があがり、貴夫たちは安曇らも交え、車2台で食料等を積み込んで出発した。


ある場所を拠点としてテント張りを指示している貴夫の視線の先に「あの男」が居た。忘れまいとして何度もデッサンを繰り返した「あの男」。
貴夫は男の後をしばらく追い、そして声をかけた。恐怖を感じ、男は逃げようとするが「お待ちください」という上品な声に立ち止まった。


「わたしのことが、おわかりですか」と尋ねる貴夫。
「あっ」と叫びその男金丸作司は「葉月さま、葉月貴夫さま」と言ってその場にひれ伏す。
金丸の口から語られる犯行の一部始終。金丸は自らの罪におののき、結婚もせず、子供も作らず怯える生活を延々と送っていた。


貴夫は金丸の肩に手を置いて「あなたを許している」と言う。欲望に振り回される男女をおかしさと憐れみで眺めることが出来、諍いとも関わりなく生きて来られた。
だが、金丸が奪って持ち帰った、あれはわたしのもの。それを返してもらいたいと言う貴夫。
それは途中で腐敗を始め、すぐホルマリン漬けにしたが、もはや原型をとどめていないという。


それから1ケ月の後、貴夫たちは東京に帰って来た。皆が集まって催される慰労会。夜も更けてしたたかに酔った金杉が語る終末論、宗教、哲学。
再開する「レストラン葉月」。元の様な日常が戻って来た。


久しぶりに店へ立ち寄った瑠璃。恋をしている瑠璃。
楽しげに歩き回る瑠璃が小さなガラス瓶を見つける。
ねえお兄ちゃん、この瓶の中のものは何なの。
ああそれか。それはね瑠璃。貴夫は笑いながら言う。それがぼくの贖罪羊(スケープゴート)だったんだよ。



昨年7月から始まって8ケ月。ショッキングなテーマだけに(作者が作者だけに)かなりマニアックな展開を期待していた。例えば心の闇を抱えた貴夫はとんでもない天才犯罪者になるとか、猟奇殺人マニアになるとか・・・・


意に反して貴夫は多少内向的な面も持つが、概ね素直に育ち、性欲がない部分を料理や食に振り向けて非凡な才能を開花して行く。

SF作家「筒井康隆」の作品として見ると多少食い足りない部分はある。「家族八景」「七瀬ふたたび」で超能力だけでなく、登場人物の苦悩も丁寧に描かれていた事を思い出すと、今回のキャストたちについては、何とか動かしてはいるが、メンタルの部分でもう少し深みが欲しかったか(やっぱ人数多すぎ)。


グルメ知識の押し売り気味な部分はあったが、毎日決まった尺をこなし、大きな破綻もなく最終回までこぎ着けたのは、断筆宣言後、大きなものを残していない彼にとっては大きな自信になっただろう。
毎朝読み進んで素直にストーリーを追うことが出来たという点で「絶賛」とまでは言わないが、ほぼ及第点と言える。



現在78歳。もう一息がんばってください。


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